<事業>自分の浮かんだアイデアを秘蔵しないで広めていく活動の意向、多くの人に拾っていただいた方が意味があると解釈した【1243】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

この1年で非常に大きな決断をしまして、是非このことをお伝えしたいと思いました。

それは、「著作者としての権限を重視しない、アイデアやデザインを広め自由に利用できる意向でハンドメイド製作活動と伝達をしていきたい」という決意です。

ただ、この考え方は独自のものであり、強要するつもりはありません。

またとない優れた製作品が飛ぶように売れている場合には反対の事を考えた方が良い場合もあるからです。

とはいえ、この決断をした以上どのような状況になったとしても変わらないスタンスを持っていくつもりです。

このたびは、このような決意の理由や考え方をお伝えしてまいりたいと思います。

YouTube動画をパッと見た真似もOK、有料コンテンツを購入した人は決して損をしないほどの価値が詰まる、そんな背景の中で自分も一緒に学び続ける

技術を自分の中だけに秘蔵して教えていかないことで貴重な存在になるという考え方。。昭和時代にはこうしてまたとないポジションを築いてきた方もいたことでしょう。

しかし、時代は変わったのです。

内なるものは、アウトプットして人のために影響力を付加しながら互いに高め合っていく時代。。素晴らしい時代であると見ることができます。

外ならぬ、SNSによる発信のしやすさが背景にあると思うのです。

そう考えた時に、この時点で有名人でもない私のような者ができることを全力で考えました。

そして、これまでの宝のように大切にしていたノウハウやデザインや型紙をむしろご提供していったらよいではないかという考えにどんどん変わっていきました。

所謂、執着への断ち切りのようなものです。

捨てることでかえって得られることをむしろ探してゆきたい未来こそが素晴らしいと感じたのです。

人には役割がありタイプの違いがあることをスマートに救い上げ、どうしても参考見本が必要な方にはこうしたノウハウの情報は有効です。

また、反対に、どうしても習ってしまうとうまくいかない窮屈さ・不自由さを感じてしまう者は自分で苦労しながら生み出し、それを提供する役割を担えば良い。

どちらが大変でどちらが楽ということは決してないのではないか、それはただの「役割分担」に過ぎないのではないかという見方をしています。

あとがき

ただ、気を付けたいこも肝に銘じております。

「トラブルは、各々で責任を取ってください、私は知りません」などということこそ、フリーを謳った者の無責任さだとも考えております。

フリーを謳う以上、そのフリーがより良き形で果たして作用しているのかどうかを監督のような形で見届ける義務は、本当は著作者にはあるのではないかと私としては考えます。

そう考えると、「著作権行使」はごもっともなスタイルであり、それぞれの価値観においてそれぞれの判断でよいと思うのです。

それでも、ピクチャレスクは「フリー」というスタイルを示していくというのがこの度の決断です(^-^)。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください