まえがき
こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。
洋服は、確かに高価なブランド服を重ねると華やかで良質ですが、やはり全体のバランス・雰囲気・かっこよさの表現である「コーデ」が物を言うと思います。
この方のファッションコーデを拝見すると毎回隅々まで見るほどの楽しさと工夫があるのです。
とにかく粋なのです。
その人物とは、「ケイト・モス」様です。
イギリス人のモデルさんです。
このたびは、私がここ数年注目して時々スナップ写真を覗かせていただいている「ケイト・モス」様について書かれた本を自ら探して一読致しました。
「KATE MOSS STYLE:ANGELA BUTTOLPH 著・天野智美 訳」です。
著者様は、ファッション関係の記者のようなお仕事をされている方。
抜群のモノトーンコーデに魅せられた2015年頃の自分への多大なる影響
ケイトモスさんの名前は1990年代初頭から有名だったと思います。
なんとなくの顔立ちなどを知っているのみでしたが、ここ数年前の2010年代に入ってからくらいでしょうか。
私が、今までより一層、ネットを見るようになったことがきっかけかもしれません。
今まで見ていたテレビを見なくなってきた頃です。
自ら見たいものを検索して写真を見たりするようになり、やれパリジェンヌの洋服はどうなのか、外国の街行く人のファッションはどんなものなのかと画像をあさります。
そんな中で、いろんなセレブの写真がゴシップ記事として挙げられているのを見ながら、ゴシップ内容はともかく、その時のファッションに目を向けるようになりました。
そんな中で、ケイトモスさんの写真が出てきました。
とてもたくさんの写真ですが、どれも「あっ」と思うようなショットで、じーっとその着こなしやアイテムに目を向けたくなるような強烈な何かがそこにはありました。
とにかく、粋(いき)でかっこいい着こなしをされていたのです。
そこには、何も語らずして何かを語っているように思えました。
そして、夢中でいろんな写真を見ながら、真似をし始めます。
では、どんなアイテムを真似したのかをアップしてみます。
①ロングペンダント
今まで、長さでいうと、40-60cmだったペンダントの世界観がぐっと広がりました。
90cm-100cmほどのロングネックレスも揺らしながら素敵に着けてみえたアクティブな装いを真似たのです。
どこのブランドかは分かりませんが、おそらくコスチュームジュエリーだと思います。
ロングチェーンの先端が房のように分かれて、その先にチャームが付いています。
これを見よう見まねで、シルバー925のチェーンをカットしたりしながら、似た感じのネックレスを作ってみました。
②ベストの使い方
ベストというのはもともとメンズのアイテム。
3ピースとして中に着るようなイメージのベストを、いろいろアレンジした着方をしてみえます。
1つに、なんと、前ボタンを閉めてそのままカットソーのように着るという方法。
型破りとは言え、すっきりしています。
足りない部分のネックの空間などには、大ぶりなゴールドカラーのショートチェーンネックレスを飾り、バランスをとります。
そのベストの色がグレーだったりするところもとても粋でした。
また、ワンピースの上にちょんとベストを羽織る着方。
これも新しい。
今度は前ボタンは開けてワンピースをエレガントなものから、少し崩れた違ったテイストのものに変えます。
③真っ黒コーデ
黒同士を思いっきり合わせるコーデ。
バッグも、パンプスも黒で、一見単一に見えがちな黒コーデも、素材の違いで凹凸感を出していたり、パンプスを裸足でヌーディーにはくということで肌が見える部分が、黒ずくめの中でポイントだったり。。
そして、黒のコーデの中に、私がこれまで苦手だった、ベルトのレンガ茶などを差し色で加えられていました。
ベルトと共に、靴やブーツを同じレンガ茶で合わせた攻めた差し色使いも。。
その他、いろいろあったりしますが、特にこの3つが私が今までの「ケイトコーデ」を見させていただいて、影響を受けた点です。
特に、①などは、現在の「本物志向のレンタルジュエリー」でも、70cm、80cm、のロングチェーンを多く取り入れ、親しみやすく活動的な装いを目指したのも間違いなく影響を受けているのでした。
あとがき
おしゃれしたり、洋服を着るということは、結局は自己表現であり、自分の考え方の主張だとも言えます。
自分らしい着方をしていくのは、言葉で自分の考えを語るのと同様に他人に伝えるメッセージとしてはとても重要なことだと思います。
「何でも良いからあるものを着ればよいのだ」という考え方の人であっても、その「何でも良いのだ」という考え方がこそが立派な意志表示なのです。
ただ、気を付けないと、「こだわりのない人間」と装いを通して判断されてしまうかもしれないことです。
そうしますと、洋服がいかに「大切な伝達手段」なのかということになりませんか。