なぜ「銀河鉄道の夜:宮沢賢治 著」の物語があのような現実離れした世界観なのか【623】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

このたび、「宮沢賢治と天然石:北出幸男 著」という本を読ませていただきました。

レンタルジュエリー業をさせていただいております勉強にと、図書館で検索して天然石関係を探っていたところ目に付いたタイトル。

かの有名な「銀河鉄道の夜」の小説に関しましては、当ブログの【365】でじっくりと年月をかけて推敲しながら記事に綴らせていただいております。

ただ、ネタバレ要素あふれる書き方をしてしまい、もしもご指摘を受けてしまう場合には対処してまいります<m(__)m>。

かなりの長文ですが、よろしければ後ほど【365】記事にもお立ち寄りいただければと思います。

このたびの本は、【365】の記事の「リライト」にも良いヒントにもなった内容の本であり、天然石を好む「宮沢賢治」様に宝石を扱う事業をしている者がわずかばかりでも繋がる部分があればと拝読。

「銀河鉄道の夜」がなぜあんなに「異世界観」を感じるのかの答えが、この本を一読すると分かってきました。

「銀河鉄道の夜」を読み解くにあたっても、このたびご紹介の1冊は重要な本だと思います。

「銀河鉄道の夜」の世界観は空想のものではない、実際に著者「宮沢賢治」様には見えている四次元の世界なのだ

「メルヘンチック」とか「ファンタジー」という印象を持っていた一読前の「銀河鉄道の夜」へのイメージ。。

しかし、実際にブログ記事【365】にも綴りましたように、あの銀河鉄道の夜の中の鉄道の旅のシーンはどこか現実味があり、「ハッ」とするような感じがしたのも不思議。

「主人公「ジョバンニ」には霊感があるのか、死後の世界を生きながらにして体験できた貴重な人物。。」などと綴らせていただきました。

この「霊感」というワード、実のところ、「宮沢賢治」様がそんなものを持ち合わせた「シャーマン気質」をお持ちだったようなのです。

そこに見える風景の中に天然石がたくさん登場するようで、見たそのままを書いたのがそれぞれの不思議な表現とかこの世のものとは思えないような風景の描写に表れているのです。

実際に「宮沢賢治」様の目には見えている、紛れもない実直な記録なのです。

あとがき

「宮沢賢治」様が見えているものというのは、もっと私達人間も自然と同化して、すべてが自然界の一部に溶け込んだ世界観といったもの。

そういう映像が、物語の描写に表れ、天然石も四次元的な姿で登場。

四次元は、お花などの姿も3次元以上にものすごく神秘的で鮮やかに見えるのだそう。

現在情報が随分増え、四次元の世界がこれまでの空想的なものから、どんどんリアルで科学的なものに感じてくるようになりました。

「シャーマン気質」を持った「霊能力者」様達がこんなに多くいたんだととても驚いております。

そんな背景をもとに、改めてシャーマン気質の「宮沢賢治」様の物語に出会ったことのご縁が少なくともあったわけです。

天然石は神秘的な感じがする。。程度には思っていまいしたが、「宮沢賢治」様は、もっと扉のさらに奥を実際にご覧になることができたのでしょう。

そのような記録が物語のどのあたりに表れているのかなどをたくさんピックアップしていただいたこの度の本は「宮沢賢治」様の他の小説の読み解きにも非常に役に立つと思います。

「おそらく、天然石に惹かれる者は、なぜか「宮沢賢治」様の小説や世界観も好きになるであろう」とのことです。

著者様も実際に天然石の石屋様なのでした。

「宮沢賢治」様も石屋になりたい願望を持っていたようで、空間の中でそこだけでもいろんなことがリンクしています。

そこをまた天然石に興味のある私が手にしたこの本との出会いのきっかけが、「天然石」だったということです。

「レンタルジュエリー」というレンタルにおいて宝石に触れる機会を持つ者が「銀河鉄道の夜」をふと読み始めたことも、さらにこのたびの本に出会ったことも考えてみれば直感のようなもので引き寄せられたと言えるのです。

このブログ記事を読んでくださったあなた様も、きっと何か繋がりがあってのことなのでしょう(^-^)。

今後は一人一人が心に留める言葉になってゆくであろう「サスティナブル」について考えた「本革レザー製品」の見直し【606】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

ここ近年「サスティナブル:永久持続性」という言葉がかなり真実味を帯びてきました。

当初はある一部分の意識という領域から、ハイブランド様が、「ビーガンレザー」などと謳い、「本革である動物の革を使った商品をとりやめる、毛皮をもう作らない」など商品の根本の素材の見直しが至る所で行われ始めました。

ただ、「ビーガンレザー」というのは革の様相を少なからず残すことができるのでまずのステップとして入った領域だとは思うのですが、いわゆる「人工皮革とか合皮」なのです。

結局、言葉の一人歩きなところもあるのか、「ビーガン」という言葉が正当な感じがしますが、以前にもブログでよくアップしてまいりました記事の中でも、「合皮」は、劣化がとても早く長持ちの物では決してないので、果たしてそれが「永久持続性」なのかという矛盾も。。

そんな疑問も何かの勘違いで、本革生産よりもはるかにそこに貢献しているものなのかもしれないという期待と共に、自分でももっと知っていきたいと、1冊の本を手にしました。

この本はかれこれ10年前に書かれた本なので、そこから、急速にここ数年でもっと「サスティナブル」が叫ばれてきています。

「GREEN FASHION グリーンファッション入門 サステイナブル社会を形成していくために:田中めぐみ 著」です。

まだほんの読み始めなのですが、この度の記事は、読み始めた最初の時点での、一読後のレビューとは別の切り口で、「グリーンファッション」という分野に対して考えることなどをお伝えしたいと思います。

また、読み終わった後では新たな感想が出てくると思いますので、一読後の記事【645】に綴らせていただきます。

1点のブランドバッグのパーツごとの素材の傷みの極端な差が「もったいなさ」を生んでいた

本革の無駄を非常に感じたエピソードとなります。

誰もが知る某ブランドの、持ち手が本革レザーのナイロンバッグを使っていたことがあります。

ナイロン生地は1枚仕立ての簡単な作りなので、いずれ角のマチの部分がすれて、間もなく穴が開いてきました。

そうして、そのバッグも終了の時期かと思いきや、取っ手が恐ろしいくらいに何ともなくまっさらという状況がありました。

その時に、非常にもどかしい気持ちになり、「非常にバランスの悪いバッグだ」と思いました。

1つの商品の中で消耗度の違う材料を組み合わせてあるので、片方がダメになって使用は終了のタイミングである一方で、もう片方のパーツはまだまだ使えるというジレンマ。。

ここに非常に無駄を感じ強い「憤り」を感じてしまいました。

本革のお品が良すぎるというバランスの悪さの見方もできますし、取っ手に相応しい本体の作りになっていないという見方もできます。

こういう商品は、その場のかっこよさとか、商業用の売上を重視したその場しのぎの点が否めません。

それっきりそこのメーカーのバッグは卒業です。

このことは、後のハンドメイドバッグ製作にも教訓として活かしています。

本革レザーと生地との組み合わせが後々、使っていく中で満足できるものになるのかどうかをちゃんと考えて本革レザーなどを取り入れる必要があると思ったと同時に、「本革レザーは使わない」を実際には選択しています。

すべて本革レザー:黒。確かに素敵ですし、高級感がありますが今後は多くは作られていかないでしょう。

本革のバッグを1点作った時の値段というのは、ノーブランド様(随分失礼な呼び名ですが、ハイブランド様以外のただの言葉として致し方なく綴りました<m(__)m>)が作ると3万円程度の価値しか付かないと聞きます。

これが、ハイブランド様であると、そのブランディングが大半の価値を占めて、20万にも30万にもなるということです。

そう考えると非常に良質過ぎる素材の意味が全く分からなくなります。

更に思うのは、そこまでの良質な素材のデザインのバッグをずっと使い続けるのかどうかも。。

大半は途中で飽きたりして手放すことが多いのが物が溢れ過ぎた現在の状況ではないでしょうか。

結果コスパが悪い商品だったことになってしまうのです。

そうすると、それ相応の適度な良質さで長持ちする良い作りとのバランスでできた商品の方が無駄がないのかもしれません。

本当の意味でコスパの良い商品を追求することも、「サスティナブル」への関心の1つになると思うのです。

もうすでに存在している過去の本革レザー商品を大切にする考え方、「リサイクル」「リユース」は誰もができること

もともと古い物好き、過去の本革レザーのバッグなどはとても魅力で、1990年代前半頃のハイブランドレザーバッグを中古もので集めてまいりました。

ただ、過去の物の中にも、流行があって一癖あったり、現在では何か不格好だったりする点を補う対策がないとなかなか受け入れられません。やはりカッコイイのがファッションです。

それが、リフォームだったりリメイクだったりします。

一度世に出た製品というのは一流ブランド様のものだったり、名が知れていないメーカー様のものであったとしても、間違いなく自社ブランドなので「著作権」があるのです。

そうすると、なかなか簡単に、大胆なリフォームやリメイクにより作り替えなどということは「著作権の侵害」の壁があります。

この壁が何とかならないものかと常に思っています。

お洋服にしても、例えば、良質な洋服を作っていた某メーカー様が倒産してしまい、過去の在庫が残ったその在庫自体は、「破産管財人」という人物だったり「後継会社」に権利が移るようです。

現在は、「著作権」の垣根は強固なもので、解放されていないのがほとんどだと思います。

作り変えや大幅な手直しをすることは、「違反」になってしまうのです。

これは非常に大きな課題だと思っております。

洋服の古着の「リメイク」については「アイデア」のみを図解でご紹介するスタイルで発信し始めている

「著作権の遵守」の方法としましては、リメイクの「アイデア」だけを図解で発信するというスタイルです。

これなら、「著作権侵害」に当たりようがありません。

最初の製造主が著作権を解放するということなど難しい現在。

このことは、長い時間をかけて見守っていくしかありませんが、おそらく多くが自社の製造品を守ろうと「著作権を行使」されると思うのです。

もし、リメイクをOKにしてくれるブランドメーカー様や製造業者様が増えてくる未来はあるのでしょうか。

その点は引き続き「著作権の遵守」をしながら見守りたいと思いますし、「アイデア」のみを図解で発信することは続行してまいりたいと思います。

あとがき

リメイクは、一から洋服を作ることより、入り口としては、はるかに簡単に入れますので、多くのリメイク者は現れそうです。

その分、著作権の解放をする人はほとんどいないという現状ですよね。

いつしかの、2010年以前の「YouTube」様の投稿者が「がら空き」であったことが懐かしく、それほどの差だと思います。

「シャネル」ブランドの創始者「ココ・シャネル」様は、意外と、著作権に関しては寛大だった(気にしていないというスタンスかな)ようで、コピー商品がその分多く出回った時期があったようですが、そんなこと以上に有名になったという大きな財産を得ました。

「真似されていくことに逆らわず、解放することこそが結局は自分の事業のメリットになり、益になる」という「ココ・シャネル」様の見方がある意味正しかったと言えます。

ただ、一人が解放の意志を強く示しても、大勢で成り立つ会社ですので、他の人が許しません。

それぐらい、どこかでそのブランドに携わる誰かが「権利を守りたい、行使して力を示したい」という「欲」があるというのが商業の現実なのです。

けれど、その中でも別の面で問題も出てくることもあり、一筋縄でもないようで、権利を主張した方がうまくおさまる場合もあるのかもしれませんので否定するものでは決してありません。

とにかく、サスティナブルの今後を考える時に、誰もが個人単位でできそうな「リメイク」には引き続きポテンシャルを感じております。

今できる範囲のことを100%やっていくのみ。

「著作権」に阻まれスローペースでしかやれないことも当然であり、元の製造者様を一番に尊重したたえることを忘れてはなりません。

それでも足を止めないでリメイクの可能性を探してゆきたいと思います(^-^)。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク

宝石になる前の鉱物的位置付けを知る、ジュエリーそれぞれのストーリーを語り継げればと思う【600】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

「天然石と宝石の図鑑:松原聰 監修/塚田眞弘 著」を拝読。

図鑑のような鉱物の本は、宝石に関わる者としては宝石とのストーリーを探る上で大切だと読ませていただいております。

本の中にも登場した3つの意外な興味深い点をピックアップしながら、ジュエリー集めをしていた過去の自分と結び付けてアウトプットしてまいりたいと思います。

今までの知識やイメージがいかに表面的なものであったのかを知るほどの3つの新しい学び

興味深かった3点の内容をピックアップさせていただきたいと思いますが、これまでのそのストーンとの関わりを結び付けながら綴ってまいります。

<1>エメラルドは難点の多い石、良い品物を得るにことは困難で、実際に敬遠しているストーンである

エメラルドは世界四大宝石の1つに並んでいます。

それだけ魅力的な石ではあるのですが、反面、とても扱いの難しい石だと分かります。

内包物を含みやすいので、そのままでは丈夫な宝石にならないので、加工処理によってオイルや樹脂を投入して耐久性を高めることをしての宝石なのです。

そのような手を加え過ぎたものに本当に価値はあるのか。。

それを問うた時に、「いいえ」と自答。

天然そのもののエメラルドという入手はほぼ不可能だと考えざるを得ません。

これまで、エメラルドが一部に入っていたジュエリーアイテムでさえも、占める面積はわずかなものでした。

しかしながら、フラワーの葉っぱの部分に素敵に使われ、たったわずかのかけらであってもうっとりする美しさがありますので、その良さは認めるところにあるのです。

リフォーム屋様のお話でもエメラルドの扱いが難しいというお話をよく聞きましたし、それほどエメラルドを持つことに当然積極的になれませんでした。

この事実こそが、難しいストーンなのだという実直な答えであり、包み隠さないそのままの実状なのです。

多くの人が、そのことを知り、もはや難しいストーンだという目で見ますので、反対に真贋の目も厳しく、ほぼ「あきらめ」のような状態として敬遠されているストーンだとも考えられます。

<2>ムーンストーン、ラブラドライト、サンストーンは同じ仲間

以前からムーンストーン、ラブラドライト、サンストーンいずれも実際に持ったことはございましたが、この3つを別々に考えてきました。

同じようにクリームがかったような様相が確かに共通だったと今思えば似ていました。

今回の本で、これら3つが、同じ「長石類:ちょうせきるい」という鉱物の仲間だということを知り、驚きました。

それぞれ、違いは細かくはあるものの、大まかには同じ仲間だったというところが意外、考えてみたこともなかった新しい知識でした。

鉱物の括りは、出来上がったジュエリーの括りと比べると大きくかけ離れているギャップがあるのです。

どちらが本来の姿を現しているのでしょうか、宝石は「商業色」が入るので人気を取るためのまとめ方がされることも多い。

どのストーンをもフラットに一括りするところに鉱物の本来の姿が映し出されるのです。

世界四大宝石のエメラルドも、鉱物「ベリル」の仲間は、「アクアマリン」や「モルガナイト」の「半貴石」と呼ばれるストーンなのですから。。

<3>トルマリンに電気が帯びる理由は、結晶の両極が違う+(プラス)-(マイナス)であるから

トルマリンは別名「電気石」と呼ばれています。

なぜ電気が関係あるのかというところです。

それは、結晶の両極が性質が異なるから、+と-の性質を互いに持ち、電気を帯びる性質になるというもの。

トルマリンのカラー展開が美しいことには目を向けていましたが、そういったストーンが持つ性質の面でも他と違う特徴があったことが新しい学びです。

トルマリンは13種ほども展開があり、トルマリンという名前もグループの総称であり、1つのストーンを指すだけの名ではないのです。

種類が豊富なだけ成分の違いもそれぞれなのだということになります。

あとがき

お洋服も表面的なところではなく、素材の糸の撚り方に及ぶ細部まで追求するとその背景やストーリーが見えることがあります。

例えば、「ミックスツイード」という素材がなぜ美しい溶け込むようなカラフルさなのかは、その糸は撚糸(ねんし)の時にもやっと細かい糸がすでにミックスカラーになって1本の糸を作るからなどの例もここ最近の読書からの学びです。

やはり手間がかけられた良質なものを選ばないとなかなか奥が深いものではないのです。

多くの人々に良さを知ってもらうという本当の意味は「良質さ」「優れた点」を製造側が伝えることにあるのでしょう。

ジュエリーにもファスト的な量産品が見て取れます。

そういった壊れやすく間違っても「良質」とは言えない部分の懸念がある(実際に破損の過去がございました)品物とのはっきりとした差別化を明示することはとても重要です。

こうして知った鉱物に関する新しい知識は、宝石になった時のご紹介の時にはドラマチックなストーリーと共に語ってまいりたいと思います(^-^)。

ここまでの「粋」なファッションアイコンはただ一人、めったに真似をしない私が真似た程の突き抜けたセンス【598】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

【589】の記事でも綴らせていただきましたが、「ケイト・モス」様のファッションがとても好きです。

このたびは、その熱い気持ちが1冊の本を手にすることになります。

「KATE MOSS STYLE:ANGELA BUTTOLPH 著・天野智美 訳」を拝読。

豊富な写真付きで、複数の記者様の言葉で書かれた文章も非常に面白い本。

【589】の記事では、読み始めたスタートの頃に、いち早く記事に綴りたく、本を読み始めの入り口にあたって本とは関係の無い切り口からお話させていただきました。

このたびは、実際に本を読み終わりましたので、本を読んだ上で改めて綴らせていただきたいと思います。

普遍的なTシャツも高級なドレスも「フラットな目」で見ている

「ケイト」様からはかなり遠い位置におりますので、スナップ写真をネットで見るだけの情報しかありませんでした。

よって、その素敵なドレスやワンピースがまさか古着であるとは知ることができませんでしたが、このたびの本でそれがクリアになりました。

もやっと、その時代を超越したようなデザインに感じてはいたものの、実際にも貴重な昔のお品物だったということ、これがとても意外でした。

「ケイト」様は、選ぶお洋服に対して、おそらく「フラットな目」でその優れた点を軸に見ておられると感じます。

かつての女優様がお召しになったという高級服も含まれるに違いないのですが、独自の表現でそのイメージを新しいものに生まれ変わらせている様子もうかがえます。

結局は、ステージ衣装級のお品であるドレスと普段着っぽいTシャツが平等にフラットに考えられているのです。

お洋服に優劣を作らない、エレガントなのかカジュアルなのかさえその別をフラットな目で見ていると思えます。

このことは「哲学」に通じることであり「メッセージ」なのです。

あとがき

そんな「ケイト・モス」様ですが、こんなジレンマ的な状況に違和感を感じました↓。

今までは、自分ならではの、他の人から抜きん出たファッションコーデをしてきてここまでに至りながら、その後の活躍で、ブランド「トップショップ」を通じて、同じ洋服をたくさんの人に届けるというビジネスに携われていたこと。

人とは違うファッションであるはずが、人と同じファッションを提供するお仕事をする。。

ここに、今までの良さである他の人よりも抜きんでる独自コーデをご提案をどうしていくのかという点です。

これは1意見に過ぎませんが、「スタイリスト」として独立した自分のポジションは常に持っていた方が今までの独自のコーデというものを持ち続けることができるのかもしれないと思いました。

余計なお世話でしかないのですが、「働き方の工夫」がキーワードであり、おそらくなのですがご本人が一番気づいていることではないかと思います。

商業はどうしても、多数の人に届けることでレバレッジを利かせて多くの利益を追求するという目的になってしまいがちです。

そうすると、根底の部分の独自のスタイルの提案がしにくいのではと思ったのです。

この点は、「マルタン・マルジェラ」様に通じるところがあります。

早くに引退されてしまったことの陰に、商業主義への失望と本来の自分の取り戻しがあったのではないかと映画「マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”」で感じた感想です。

今後も好きなファッションを続けていくためには、今までの独自の軸は必ず最後まで持っていてほしい、場合によってはその過程として、商業的な関係を断ち切ることも必要なのだと思いました。

今後も多くの「ケイトコーデ」を拝見したいです、ありがとうございます「ケイトモス」様(^-^)。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク

カラーコーデが理解しやすい書き方の図鑑を拝読、自らのアウトプットで単純な「色相環」を常に持つことの推奨【465】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスクです。

緊急事態宣言も解除し、図書館へ本を返却に。。

緊急事態宣言中は、延長が無期限に可能で、リスキーな中の返却をご容赦願えるという措置をとっていただいたようで、ずっと手元にあった読み終わった数冊を数か月ぶりに返却。

そして、また新たに新規に数冊借りました。

その中で、早速読んだ本をこのたびご紹介します。

カラーに関する図鑑のような本であり、お洋服から、インテリアまでいろんな身近なことに役に立つと思います。

特別なファッション分野の事柄ではない身近な事柄というところがご共感いただける部分ではないかと。

もし、引用できるところがあれば是非取り入れてみてくださいませ。

色彩の図鑑というような堅苦しいものではないところが魅力の薄手の本から学ぶ、色の体型的な見方

図鑑というと分厚いイメージですが、とてもコンパクトに1cm以内であることが手に取りやすい本です。

「THE SUPER COLOR COLLECTION-スーパ―カラー配色図鑑:千村典生(Michio Chimura)著」です。

カラーのお話であると出てくるであろう専門用語をあえて身近な言葉で表現してある点などがとても良かったです。

全体が図鑑となっているので、最初から最後までカラーのイラスト解説で終わりを迎えます。

知らず知らずに、差し色とか類似色などという言葉を使っていますが、それが全体で見てどういう位置関係にあるのかなど、新しい見方ができます。

あとがき

2024年のブログの手直しを現在致しておりまして、当ブログ記事の順番が回ってきました。

かつてのYouTube動画内の四角い色相環はブログ開始当時の2018年に作ったもの。

あまり上手ではなかったので、この度手直しの際に丸型で同じように作ってみたのが上の図です。

常にこの図を頭に思い浮かべるか意識すると、非常に単純なタイプの図ではあるのですが、色に対する見方を俯瞰することに役立ちます。

よく本で語られる「類似色」は隣同士、「補色」は対角線上にある位置の色に当てはまります。

この度の本は、この分かりにくい言葉の「補色」を「反対色」と置き換えて綴られています。

敷居を低くカラーの分野に興味を持ってもらうための著者様の工夫が見られます。

そしてカラーにも名前がそれぞれにふられています。

「カラーについての拘りや工夫などおしゃれな人のただの趣味ではないか」と思われるかもしれません。

ところが、身近に必ずカラーの付いた何かを自分の意志で購入し配置しているその姿こそ「自明」のことであり、何もない空虚以外はちゃんとカラーコーデをしていることになるのです。

侮ってはいけません。

お洋服にもかかわることですが、カラーの使い方や趣味嗜好、すべてを含めて人間である以上選択をしている事実があるのです。

ということは、その結果そこに表れるテイストというのは、色を選びすぐり決断したその人の「生きざま」までを表すことになりませんか。

そうしますと、人生の一部に「色の選択」も関わってくるというとても重要な「観念」だと言えます。

書き手:ピクチャレスク

「行動経済学」の本から型通りに実行することに対する躊躇、ご購入者様の知識が高まり「不合理」が起こりにくくなる未来【387】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

このたび「行動経済学」という分野の本の扉を初めてたたいた回となります。

拝読したのは、「不合理な地球人:ハワード・S・ダンフォード著」です。

長きにわたる「経済学」という分野では、「人間は常に合理的な志向で買い物をする」という考え方がベースだったようです。

しかしその後、現実は様々なことに惑わされ、結果必ずしも最善の選択をし切れていない不合理があるということが分かってきました。

こうしたパラドックスやギャップの部分を解明していく学問が「行動経済学」が追求する部分。

「行動経済学」は「経済学と心理学との融合を試みた学問」であると解釈され、この解明しにくく、白黒はっきりしない部分に人間らしさのようなものがあります。

このたびは、学んだ「集客」の技術を3つ私からのアウトプットでご紹介しながら、この学びの実直な現時点での感想を綴りたいと思います。

購買における不合理な選択をしてしまうのは情緒を持った人間らしさ、お客様を多く呼び込むために引用されてきたテクニックx3点

①「価格差別」

同じ商品でも、高い値段でも買ってくるれる人には高い値段を付け、安い値段しか買わない人には損しない限りで安い値段で売ると売上を最大化できるというもの。

これは「ヤフオク」様で拝見したことがあり、同じ商品でも価格が変えてあるのを見たことがあります。

ここには少し疑問もありました。

別の「ハコ(サイト)」でこれを行わねば、見破られると反対に信頼を失う可能性があると思いました。

すでにヤフオク出品者の人は、私に見つかっているわけで、「あーあ、こんなことしてるんだ」と思ったものです。

それがこういう種明かしなのだとは全く知りませんでしたが、正直な印象としてはあまりクリアなイメージはなかったということです。

②「デフォルト効果」

この例として分かりやすいのが、販売サイトの購入時のボタンで、チェックを外すのかそのままなのかという場面は誰もが体験してきたことです。

人間は、最初の状態のままで維持したい傾向にあるのです。

「メルマガを受け取りたい方はチェックを入れてください」、よりも、「メルマガはこのままだと配信されることになりますが、必要ない人はチェックを外してください」、の方が、結果はチェックが入ったままということに結びつきやすいのです。

なるほど、最初にチェックを入れてあるのは、このことだったとひも解けました。

購入者側としては、メルマガ・案内・アプローチはほとんど興味がないので(自分の求める内容とずれていることがとても多いという理由)、常にチェックを外してまいりました。

しかし、実際は、多くの人がチェックを外さず結果アプローチを受けることになっている実態、何となくのネットとの向き合い方が大半であるという事実を知りました。

このことは結果的には、「効果が出ている」という実証になっている手法なのです。

③「おとり」

とても怖い言葉ですが、これが一番面白いと思われるのでは。

売れない商品を売れるようにする得策、人間の心理には「真ん中を選ぶ性(さが)」というものがあるのです。

売れない商品を、あえて真ん中の価格帯に据える。

そして、それより安い商品、高い商品を設置。

そうすると実験結果から売上を強化したい真ん中の売上を増加することができたというものです。

なるほど。。ただここで疑問です。

真ん中を選んでもらうために、わざわざ設置した低価格、高価格の商品の価格の意味でするところです。

そこにこめられた商品に対する信念はあるのでしょうか。。

このような突っ込みをしたくなるのも、結局は現場に実際に携わっている人間ではない者の空論のような部分を感じずにはいられなかったというのが正直な感想です。

あとがき

当ブログ記事は、最初の投稿の2021.02.14からおよそ5年後の2026.01.26にブログ記事の「手直し」の順番で、タイトルから見直し全文を綴り直してまいりました。

こうしたマーケティングも、ずっと通用するような内容であるとは限らないな。。と思うようになりました。

「AI」の進化に伴い、なかなか従来の不合理も起きにくくなっていくのではないかと。

かつて提唱されていた冒頭のような最も合理的な判断ができる購買に近づくのではないか。

結局のところ「誠実さ」「実直さ」が最も強力な姿勢なのではないかと思います。

コピペのまるごと引用は決して望ましくない、自分でしっかりと一度判断し、最も当事業に合う形で引用させていただく。。途中の「裁量」の部分こそ重要なのではないかと(^-^)。

書き手:ピクチャレスク

複数の老舗ジュエリーブランド様の独自性の表し方、自らの事業の強味を見つけ圧倒的に高める大切さはどの業種にも共通する【337】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

「華麗なる宝石物語:桐生操 著」を拝読。

宝石にまつわるエピソード的な貴族の物語や老舗宝石ブランド様の創業秘話などを知りました。

この本から学べることは、商品が広く知れ渡るための努力のようなもの。

どのブランド様も何もせずにただの運でトップの座に至ったわけではないことが分かります。

現在の「成功」に至った軌跡の出発点が意外、最初から未来を予想して最も最短の方法で歩もうと念入りに計画されたものでは決してなかったということです。

長い長い歴史と歩みがあったことを知り、結局大切なことは何なのか。。をどの事業者も学ぶことができると思いました。

他の追従を物ともしない拘りや個性、ハイレベルな競争の中心の老舗宝石ブランド様がこれまで築き上げてこられたもの

前半部分の宝石にまつわる物語も非常に面白くて引き込まれて夢中になりました。

後半部分の宝石ブランド様の創業のきっかけや当時の様子なども非常に興味深いストーリー、こうした大まかな二部構成です。

特に後半では、現在でも固定ファンの多く付いた老舗宝石商様の成功の理由が解かれます。

「宝石」自体の美しさだけを頼みの綱としない、自社で展開する付加価値があるのです。

他の事業のヒントにも必ずなると思いましたのでその点に特に注目してみたいと思います。

まず、誰もが知っている「ティファニー」様。

創業は、骨董品や文房具を扱う小さな雑貨店からのスタート、非常に意外です。

「ティファニー」社はアイデアに個性があったよう。

アイデアというのはデザインのアイデアではなく、商品を売り出して広めるためのアイデア、アメリカ生まれのブランド様らしい特徴ではないでしょうか。

次は、「ヴァン・クリーフ&アーペル」様。

周囲が石を見せることに注視したアイテムを作っていたのに対し、デザインを主軸に据えたことが新しかったこと。

「モーブッサン」様。。新しい時代でも伝統の重みを入れ込むが、伝統といっても古さを感じさせるものではない現代にマッチしたものという拘りを入れ込んでいるとのこと。

「ハリーウィンストン」様。。石本来の美しさを活かすべく、石だけが見えるデザインを技術によって実現。

そして「ブルガリ」様。。いつでもどんな場所にでも付けていけるジュエリーを目指したということです。

それぞれのブランドには、特有の拘りや個性があるのです。

昔は、高貴な人のみが身に着けるものだったジュエリーが、こういったブランド様の多くが大衆に広まるように動かれました。

購入しやすくする工夫や日常的なジュエリーというものをコンセプトに考え直したからこそ、今では身近に感じられるアイテムになることができたのだと思います。

こうした動きは、商業形態を色濃くしたことの良き広まりの例と言えます。

ただ、ブランド様によっては、高貴なイメージを保ちたいということであえて安く入手できるようなお品は提案していないところもあると思います。

だんだんと多くのブランドが伝統的な高級品のラインも保ちつつ、一部のラインとして、購入する人の層を広げるために日常的なジュエリーを提案する全体的な動き。

この広く知れ渡るということについては、どの事業にとってもヒントになることです。

「どこの誰もが知っている」ということこそがそのブランドの成功の証の1つの姿です。

あとがき

時代も変化するものです。。「ブランドの威厳」という意味では、大衆に広まることが模倣品の出現なども相まってその価値を落とします。

2021.01.15が最初の投稿である当ブログ記事のおよそ5年後の「手直し」の2025.12.07現在では、庶民では手が届かなかった威厳に今一度回帰する各老舗ジュエリーブランド様の動きも見逃せません。

結局はそのスタンスに立ち戻られたのですね。。老舗ブランド様が最後まで手放したくないもの、それは「高い地位」なのだと思わざるを得ません。

山田絵美
書き手:ピクチャレスク

過去の日本人マダム達の風習は大ぶりな宝石を目立たせ浮いた付け方、馴染み溶け込む付け方は装い方の成長【313】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

このたび、「成熟へのジュエリー:光野桃 著/ジュエリースタイリスト:伊藤岬」を拝読。

かつては「成金」「マダム」よろしく、キラキラのお洋服にギラギラと大ぶりなジュエリーを付けていた人々が見られた時代があり、それが日本のジュエリーの装い方の特徴でもあったらしいのです。

確かにお品1点ずつは豪華で素晴らしいのですが、どこか「浮いた」ものに感じるのはなぜでしょうか。

そこには、「誇示」という意識が根本にあったと分析します。

「◯◯のふりをする」というような本来の自分に蓋をして大きく背伸びをした風習です。

「誇示」は、己とかけ離れたところにイメージを置く姿そのもの。

そんな点が身に着けている人物に対してジュエリーが浮いてしまう根本なのではないかと見ています。

一方、「ジュエリー大国」と呼ばれるイタリアでは、多くの人々が洋服になじむジュエリーの付けこなし方が伝統として受け継がれています。

このような姿は、おしゃれ度の高さだけでは語れない一面があると思います。

「成熟」という観点からは、冒頭の成金的な姿は「未熟」であるとも言えるのではないでしょうか。

ジュエリーが一人の人間にうまく馴染み溶け込んで映る姿が美しい、まずは己をよく知り全面的に受け入れる姿勢がそもそもの始点

「自分らしさ」はどう表現することができるのかを考えてまいります。

自分らしい表現はアウトプットの姿ですが、それ以前に自分についての理解・把握をすることが重要です。

冒頭の大ぶりジュエリーを違和感たっぷりに浮いた感じで付けてしまうのは、そもそも自分らしさに蓋をしている行為、自分を分析していないと言えます。

自分らしいジュエリーは決してそのような大ぶりではなく小さく1粒が煌めくようなアイテムだったかもしれないのです。

ということで、まずは自分分析が第一ということになると思います。

難しいことではありません、日々その時々の瞬間ごとに、自分の行動と共に己の性格を把握するだけで良いのです。

その代わり、良いも悪いも平等に受け入れなければ成り立ちません、悪い部分にも目を背けず素直に受け入れ理解する「正直さ」も必要です。

これが出来なければ、背伸びをしたような不似合いな付け方をこの先もしていくことになってしまうのです。

あとがき

意外にも、技術的なことではなくて、そもそも自分をちゃんと認めてあげるということがカギを握ると思えてなりません。

ここをしっかりと築いていった時に、素敵なコーデが出来上がってゆき、「おしゃれ」に映る結果を得ることに繋がると思うのです。

どうしてもジュエリーを付けることが「良く見せる」ということ1点にとらわれがちなのが現状。

本当はそうではなくて、本当の自分探しの結果自分を見つけた「証」のバッジみたいな姿であるとよいです。

拝読の本のタイトルの「成熟」は、そうした人間としての望ましい姿を説いたものだと解釈します。

ジュエリーがより本当の自分に近い存在になりますように。。と今後を願いながら、ここで筆をおきたいと思います(^-^)。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト

鉱物名は二酸化ケイ素が結晶化の石英(クォーツ)で共通の2種のストーン、メノウ内の縞模様の中で並行部分がオニキス【303】

アイキャッチ画像303

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

「ジュエリーの基本ブック:宮坂敦子 著」を拝読。

ジュエリーの商業上の流通事情や、実際のお仕事をされている方のルポ、最後に基本的な有名ストーンの図鑑があるという充実の構造。

このたびは、実体験で目にした2点の有名ストーン、「メノウ」「オニキス」について、その違いの部分に迫ってみたいと思いました。

共通の鉱物名からさらに枝分かれしてストーンの名前が決まる実態、メノウとオニキスも同じ鉱物の「石英:クォーツ」である

上の写真の中では、「オニキスです」と謳われて入手したのは、右上の64面カットのネックレス珠のみです。

左上は、実家の庭で見つかったストーンで、「メノウっぽいな」と思って写したもの。

その他のリング状の指輪やバングルはすべて「メノウです」と謳われて購入したものになります。

メノウは「瑪瑙」という漢字で表記されることや、「アゲート/アゲード」と表記されることもあります。

この2種「メノウ」と「オニキス」は、曲線の縞模様を持つのが「メノウ」、その中で直線の縞模様を持つのが「オニキス」というように別物として扱われるのがジュエリーの実態。

しかし同じ鉱物であることも含めると、「オニキスはメノウの一部分のこと」という見方もできるのかなと。

実物を見る体験は、大きな置物のようなストーンの塊を見なければ分かりにくいことで、ネックレスなどになってしまうと見分けは難しいのが現実。

よって、これらの違いは購入時の「○○です」の商品説明を信じることになります。

世の「生物」というのは3つ、「植物」「動物」「鉱物」なのだそう。

この3つ目に石が入っているところに、いかにストーンが神秘的な地球上の存在感を持ったものなのかを思い知らされます。

あとがき

メノウやオニキスは最も入手しやすい普遍的な価値として、「パワーストーン」のような位置付け。

決まって高級ジュエリーが世界四大宝石中心に語られがちなのです。

しかし、実際に2010年前後の「パワーストーンブーム」の中で、写真のような多種のストーンを見たり触れてきたりしたことでどれもこれも非常に美しく神秘的な存在だと確かに感じたのが実際の肌感覚でした。

ジュエリーの素材の「価値」としてたった1本境界線を引くとしたら、やはり工業的なプラスチック製品である「模造品」「イミテーション」などと呼ばれるコスチュームジュエリーとの境になると考えます。

こうした天然石全般はジュエリーとしては工業品とは区別されるべきで、全く違った価値を持った地球活動の長年に渡る貴重な証であるという見方をしたいのです(^-^)。

山田絵美
書き手:ピクチャレスク

真ん丸姿のあこや真珠は自然の美しさと人の知恵のバランスある優れた産物、眺めるにとどまらず実用使いすることの意義【299】

アイキャッチ画像299

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

このたび1冊の本を拝読、「真珠 美の壺 著者:***:NHK出版」です。

この本は、かつてのテレビ番組の記録のような内容、番組スタート時に頻繁に実際にテレビで視聴したこご縁で手に取りました。

美術品の良さは、大量生産品に対して対極の細部にわたる丁寧な仕事や、その作品を通した強きメッセージを受け取る醍醐味があると思います。

様々な美術品の中でジュエリーも取り上げられていまして、このたびは本の中にもあった「あこや真珠」について、現実的な活かし方の例を私からご提案するメソッドを持ってお伝えできればと思います。

美術品として眺めるスタイルを持ち備えつつ、実用的でもあることがジュエリーの良さ。

そのような実用使いの潜在的な部分を掘り起こせればと考えております。

冠婚葬祭用のあこや真珠は祖母からの花珠、普段用のあこや真珠は昭和の古物をお得に購入で抜け感の装いの使い分け

ヨーロッパの人々が形がいびつなバロック真珠をユニークだと好むことに対極の日本人の特性は、粒のそろった整然さを好む傾向です。

こうした民族の特性による趣味嗜好の集団的な違いが興味深いところ、多種多様な文化があることの理解に繋がります。

いかにも日本人らしいあこや真珠に対する接し方の1つとして、「○○用」と複数を使い分けるその向き合い方にも興味深さがあります。

例えば、祖母から買ってもらったなかなかの高級品(定価¥500,000相当を30%OFFの¥300,000代だったと記憶)の真珠は、「花珠:はなだま」としてハイレベルな「あこや真珠」の1種とされているよう。

買ってくれた目的は「冠婚葬祭用」。

その「○○用」をしっかりと受け継ぎ、「慶弔」の時以外には使わない、「使い分け」をしっかりとしています。

定番のプリンセスレングスという40-42cmは、まさに落ち着いた厳かな慶弔事の場面に相応しいものとして定番です。

では、そのきちんとした真珠のネックレスをそのまま普段使いに使い回すことはあるのか。。とてもそのような気持ちにならないのです。

とは言え、大の真珠好きは複数のあこや真珠を持ちたいもの。

そうして、このたびのご提案が始まります。。普段使い出来るカジュアルなあこや真珠を独自にアレンジしていくメソッド。

過去の古いあこや真珠を集めた2010年代、その10年後には中古品すら気軽に購入できない希少なアイテムになってしまったのがあこや真珠ネックレスの実状。

真珠のお手入れは非常に繊細で、そもそもお水で洗ってはいけないのです。

ふき取ることしかお手入れ方法がないあこや真珠はふき取り忘れや湿気の多い季節をそのまま狭い場所で過ごす中、経年劣化して黄ばみ汚れていってしまいます。

そのような昭和時代の質が悪い状態の中古品、「あこや真珠である」というたった1つの不動の価値でカジュアルに普段着に身に付けられる真珠として整えていくことに夢中になった期間がありました。

時には、留め具のクラスプを付け替えたり、ネックレスを2本のブレスレットにアレンジしたり。。

中古品の「シルバークラスプ」も随分展開が豊富、素敵なデザインにたくさん出会いました。

中古の類似品の1粒リングを3つ集めて3連はめにしたりするアレンジも思い付きました。

こうして、カジュアルの王道アイテムのデニムにさえ相性の良い、バランスがとれた「あこや真珠」の装いを探っていったのです。

ちょっとしたお出かけには、中古品の傷んだ質の良くないあこやネックレスこそがかえって親しみやすく、装いに抜け感を出してくれるという良き存在になれるのです。

上述の「〇〇用」で言うところの、「普段用」とでも区分できる使い分けのもう1つのシーンなのでした。

あとがき

様々なアイテムを集める収集家としては、「収集用」と「使う用」などの分け方も、かえって心が落ち着きます。

好きな物を保管しながら得る豊かな心地と、装いに活躍してもらう攻めた気持ち、2つの心の内が共存して成り立つワードローブなのです。

バッグもそう、収集用の大きめ6点と小さめ6点はずっと持っているのみ(時々使うかもしれない)として、別で使い倒すようなつもりの普段使いとして5点程のバッグの存在が更にあるのです。

靴は、着用せねば劣化していくものであり全品を消耗品と考え、使用品のみをミニマムにそろえ、丁寧にはいて消耗していく方針。

このようなスタイルが私で言えば一番腑に落ちるわけですが、十人十色、一度どんなスタイルが一番しっくりくるのかを改めて考えてみると面白いと思います。

余計な物は持たないが自分にとってはそばにあってほしい物は何なのか。。をしっかりと見つけることができるきっかけになればと願っております(^-^)。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク