「ファストファッション品」とはむしろ対極の1点物を好む者、良き古着を探すことを好んできた。
ただ、ここ近年時代が進み、古着市場にもファストファッションが溢れ返るように。。
ついこの1か月でも複数の「買取」のお店がお断りの意向を示したり一時的に停止しているのを見た。
「買取」の事業が成り立つのも、優れたアイテムが入荷することで価値が生まれてのもの。
確かに昔はそのように機能していたかと思う、デザイナーズブランドがお得に良い状態で見つかる喜びもあった。
同時に事業者側も良い循環を手応えとして感じていた時期があったであろう。
それがこの令和、古着にも良い物が見つけにくくなったのも良い物が作られなくなってしまった時代の古着が主流になってしまった中身だからだと思う。
「短期的」な利益の考え方をベースにすると、在庫を抱えるリスクなどとは言われるもののそれだけにとどまらない。
その後手放された古着は、価値の無いただの廃棄物のような存在になるという長期的な範囲のデメリットを生んでしまう。
そういったことも含め、製造するということに対する責任や、分かっていて事業を回すために粗悪な製造をすることに対して、根本から「やめる」という選択肢を持ちたいものだ。
これは、僅かながらも製造をしている自分にも言えること、世に出すことがゴミを増やすことにならないような考え方をせねばならないと思う。
そして、「買取」というシステムがあるからとやすやすと粗悪品を手放すその行為、もしかしてエゴとも言えるのかもしれない。
古びたTシャツなど、よほどのヴィンテージ品でなければ価値は無い。
そうと分かっているなら、靴を磨くためのクロスにしよう。。などと自分で別の使い方をもって己で解決するなどの考えも持つべきだ。
ここ最近こんなまずい状況を見た自分が決めたことがある、それは、お洋服購入をストップしたこと。
必要最低限の日用品は全く購入しないことは不可能だ、ただお出かけ着のようなものはもう今まで十分たしなんできた。。嫌と言う程。。
一定のお洋服集めは出来たわけで、それ以外にも着用するためのお出かけ着も出来た。
それならば、ここでやめよう。。固い決意は今回が初めてだ。
この決意はしっかりとした証として、ノートやパソコン内のお洋服明細に、収集を終了した日付と共に記録に残してある。
それは、「卒業」という言葉を持って締めくくられた。。今後は人のために役立つことにのみフォーカス出来る日々が本当の意味で始まった。
この決意が、いずれ何らかの形で奏功すると良いと願い、思考を日々のタスクに集中していく。


