まえがき
こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。
このたび同じ著者様の2冊を拝読、「仕組みという名の檻の壊し方:南原竜樹 著 と「なぜ彼女は愛されて仕事ができるのか:南原竜樹 著」です。
ここ2-3年、驚く事件ばかりですが、本当のところは明るみになっていなかっただけの隠され続けた出来事ばかりでした。
何十年という単位で、権力にねじ伏せられ声を上げられなかった実態は、日本の悪い側面だったと誰もが項垂れました。
この良きチャンスを「変化の岐路」として今後に託すということが残る望みです。
「マネーの虎」の「虎」様であった著者様、タイトル内の「檻:おり」というワードは、この物語では一番のキーワード。
同時にこのタイミングで読み終えました過去の「なぜ彼女は愛されて仕事ができるのか」の方にも大いに通じる部分がありました。
女性の仕事の可能性に着目し本気で信頼される女性像、過去の古い体制の職場の上司に突き付けたい程です。
当ブログ記事では、下に貼りますYouTube内で触れ足りなかった点のみを中心に綴らせていただくことに致します。
長い年月を経てやっと明るみになった国民性の悪しき部分、正して今後の発展と永続を願い一人一人の単位で意識したい

では、YouTube内ではお話しそびれた点を1つこの2冊の本に通じる部分でお話したいと思います。
以前の勤務先で、確かにこれまでの効率の悪さや重複した作業をそぎ落として、スムーズに作業ができる点を目指してきたつもりでした。
それなのに、周りの人の目には「余計なことをして楽しんでいる」と映ったというギャップ。
大変悔しい思いをしたのですが、なぜなのかをこの2冊を拝読後考えたのです。
私のような年代は、昭和色が根付いていることが否めない部分もあり、「背中で見せる」というようなことが他人にも通じると思い込んでいる節があります。
ところが、実際は時代の変化と共に、人の性質も進化していて、そのような姿の捉え方をしてもらえるとは限らないことに気付いていませんでした。
「右へ倣え」の時代なら「あの背中が物語ること」を正しくキャッチしてもらえたかもしれないけれども、「ただの独り相撲」と実際は映っていたかもしれないということ。
何が欠けていたのか。。それは「言葉」でした。
ただやっている姿をだまって見せれば周りがが追従し理解するだろうというのは、実は我欲そのものだったのではないかと。
本当のコミュニケーションというのは、「言語化」から始まるものなのだと気付きます。
そして、そのクリアな「言葉」が通じてやっとその後で、他人の気持ちを推し量るようなところへ向かうのだと。
相手に通じる・通じないは、まずは「言葉」でもって確実に伝えてこそなのだという点、これが過去に欠けていて全く理解されなかった自分の至らなさでした。
「仕組みという名の檻の壊し方」の中で大きく感動した、本人すら気付いていないような潜在意識に及ぶまで南原先生がアプローチしている点。
このことは、「言葉にする」ということと並行しながら、目に見えないはずの人の「気持ち」にまで触れる重要な姿勢であると非常に感銘を受けた点になります。
常にお客様の深層心理の部分を探る商業におけるマーケティングの神髄に一致するものであり、今後の政治家にはかつての商人の存在こそ本当は必要なのではないかと思いました。
あとがき
とにかく、未だに隠し通されている本音の部分が、各地の県政などに悪影響をおよぼしなかなか進めにくくなっている様子、非常にもどかしいです。
話題をすり替えるかのように、正そうとする者がなぜか悪者に。。見ていてもどかしく悔しさを感じてしまいます。
「既得権益」ということも、「楽な道」の1つであるがゆえ、ここに傾きがちな点が未だに残る悪しき性質、これをしまい続けている実態があるのです。
「短い距離で楽をして、目先のゴールを目指すスタイル」と「長い目で見て、少し遠い先のゴールを地道に目指すスタイル」。
この結果の大きな違いが今露わになっている正に真っただ中の時期なのではないかと。
自分のような小単位でもできること。。誠に単純ではありますがまずはその実態を他人事と目を背けないこと。
我が祖国でそんなことが起こっていることを恥ずかしく思うところから関わっていくべきではないかと。
