■<4><アプリコット>■本物志向のレンタルジュエリー■@¥22,000/2w■K18YG■スモーキークォーツ他■14号■
■<3><和花>■本物志向のレンタルジュエリー■@¥22,000/2w■K18YG/K18WG■ダイヤモンド■16号■
■<2><パヴェラムネ>■本物志向のレンタルジュエリー■@¥22,000/2w■PT850/PT900/K18WG■ダイヤモンド、エメラルド、サファイア■13号■
■<1><透かしフローラル>■本物志向のレンタルジュエリー■@¥22,000/2w■K18YG■琥珀■14号■
自国の伝統生地、衰退しないためには文化として馴染みある形で一人一人に広がれば良い【758】
まえがき
こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。
このたび、一気に4冊連続で、産地品である生地についての本を拝読。
1)「糸がつむぐお話 一宮のまちと繊維産業:末松グニエ 文(あや) 著」
2)「糸がつむぐお話Ⅱ~尾州ツイード~:末松グニエ 文(あや) 著」
3)「大島紬誕生秘史:重村斗志乃利 著」
4)「ヨーロッパのテキスタイル史:辻ますみ 著」
1)の地域に3)の地域の方が視察に訪れるような場面もあり、生地発祥の当初はそんな風につながりもあったのだということが驚きでした。
このたびは、得に1)2)については住んでいる地域の近隣であり、これまで繊維分野にたくさん触れてきたことで今後のアイデアみたいなものを考えてみました。
世界からも注目されているハイブランド様御用達の傾向もある「尾州ウール」に関して、3)の大島紬に関して、4)の海外の生地に関してをそれぞれ、自らの言葉で、今思うことをまとめたいと思います。
「尾州ウール」の可能性・・・1)2)
どうしても、お洋服で言うと「冬」をイメージしがちなウール。
重いイメージから季節が限定され、実際にも重衣料に向くような素材ではあると思います。
しかし、受け取る私達も、変なイメージをいったん取っ払い、もっと取り入れ方を広げるということが今後の存続と広がる可能性を生むのではないかと考えます。
黒生地だとウール100%だったとしてもバッグには違和感もないですし、以前にウール100%でバッグもを作ったことがありますがとても使いやすかったです。
ウールは保管すると虫が好み穴が開いたりすることが多いので、常に使うものに取り入れるのも1つの手ではないかと思います。
「季節感」も時として使用時期の縛りをもたらしてしまうので、使用機会が減ってしまうとも考えられます。
今後は、お洋服で数が多い綿/100%、ポリエステル/100%など共に毛/100%であってもフラットに見る目というものが受け取る我々にも大いにあることが望ましいかと。
「大島紬」の美しい柄を出すための「絣筵:かすりむしろ」の手間のかかり具合・・・3)
通常の織物との違いが「大島紬」にはあり、手間がかけられた芸術的な素材。
「締め機:しめばた」という機械に糸を交差させてその後の「染め」作業後美しく柄が出るための「絣筵:かすりむしろ」を作るそう。
この本の読みやすい点は、解説形式をうまく物語と溶け合わせた綴り方である点。
ノウハウ的な硬い説明のみだとなかなか新しい知識として浸透してこないのですが、当時にタイムスリップしたかのように昔話になっているところが忘れられない1冊となりました。
この本の中で熱心に「図案」を考える姿がありました。
やはり、必ず柄はどこかの誰かが考えたもの、「著作権としては無し、もしくはグレーゾーン」の着物の柄とも言われているようですがこうして一読すると、いやはや芸術品のようだと思えてくるのも確か。
「シノワズリ」という呼び名は、貴族の時代のヨーロッパから見た「中国」の芸術品のテイストのこと
17世紀中頃から貴族の間で、他国のテイストを楽しむ文化が栄えた中に、「中国風」のテイストが「シノワズリ」という名前で呼ばれていたそう。
これも模倣の1つで、フランスの独自の解釈によるもの、山などの風景画やボタニカルな花柄などの陶磁器へと製造された文化があったのでした。
他国のテイストはあこがれるもので、我々がヨーロッパのテイストにあこがれるように、互いに新しい感覚に対して興味があり惹かれるのです。
ただ、あくまで呼び名であり、その定義は曖昧ですが、日本の伝統的和柄も元は中国から伝わったところから始まっていまして、中国は他国に多大な影響を与えていたのだと思います。
いかにもヨーロッパ生まれと思えるような柄も、実は中国のテイストの模倣や引用によって取り入れられたきたこともあること、日本にも伝わった中国生まれの柄などの事を考えますと、中国の影響力は多大です。
あとがき
古い本であっても、産地の素材の本は不変の内容であることで一読の価値もあるものも多いです。
ただ、読みやすさなどは近年の活字離れへの工夫として読みやすくなっているところも感じます。
品物を製造するには必ず材料が必要。
すべての始まりは材料の選択にあり、生地のバッグを作るのだと特化していてもその中でどの生地なのかという特化においては、このたびの4冊連続の拝読がとても参考になりました。
3)の大島紬だってバッグにすることができるのです。
ただ、着物として作られたものを解体するのか解体などしないそのままの姿こそが良いのか、はたまたお洋服にした方が柄が広いままで使えるのかなど考えるところは多数。
「リメイク」もむやみに解体して作業する前に、こうした元の背景も一度考えた上での判断が良いと思います。
実際に着物を購入したものの、あまりに美しくて、解体できずにリメイクを躊躇している方のお話をうかがったことがあります。
それは、素晴らしい柄で作られた品物に手を加えることへの躊躇だと思います。
「伝統を守る」とか「産業の継続」ということがどういうことなのかを製造者側だけでは足りなく、受け取る側も同時に考えてみるきっかけはこういった本の良さだと思います。
一読後こうしてアウトプットすることでどなたかに記事を読んでいただいて何を感じたのか、どんな意見を持ったのかというように連鎖してゆけばよいと思いました。
どうぞ、このたびの記事を一読いただいた後に、どんなことを思ったのかというところに注視してみてくださいませ(^-^)。
縦25cmx横30cmの特殊サイズ、1つの低反発クッションなのにカバーが複数にマトリョーシカのような構造の理由【628】
まえがき
こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。
このたび縦25cmx横30cmのスツールの座面に敷いていた低反発クッションがペタンコになりました。
長時間座るための厚みのある思い切ったものを作りたいというのがきっかけで、低反発クッションカバーを製作。
特殊なサイズですので、低反発ウレタンをカットしてまずは25cmx30cmくらいにしたところからのスタートです。
カバーの作り方は比翼タイプの【1343】【1348】で作り方などを解説させていただきました。
このたびは、その発展バージョンのようなもので、元々4cmの厚みのウレタンを8cm使いに二重に重ねていく構造をどう製作したのかを見どころにご覧くださいませ。
独自の解釈:なぜウレタン4cmを重ねて8cmのままメインカバーに入れなかったのか
内袋もあったのにここまでわざわざそれぞれのカバーを作ったことが余分ですが、別々に使う時の対応のためにやってみたのです。
まるで、マトリョーシカみたいな構造です。
ウレタンに内袋があるのですから、いきなりこのメインカバーに入れても差し支えないと思います。
あとがき
最終的に使い方は、更なるアレンジにより、元のペタンコのウレタンの紐を利用しました。
随分といろいろ重なったクッションになっていきましたが、独自のアレンジです。
なかなか他の方には伝わりにくい独自の製作ではありますが、この中の無駄の部分は省いていただいて、適切だと思う製作に引用いただければよいです。
なかなかピッタリのウレタンカバーは売ってないもので、カットして使うことになるケースもあるかと思います。
カットの際には、フォルムをきちんと作るようにウレタンにボールペンなどで線を引き(サイドの厚みの部分も線を引く)、大きめの深いハサミで前・後・サイドの角度すべてにストレートに切り込むという丁寧な裁断もお勧めしたいです(^-^)。
「コスチュームジュエリー展」で拝見した多数の模造品、ヨーロッパとアメリカとのデザインの違いに表れる気質や文化【626】
まえがき
こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。
巡回型の「コスチュームジュエリー展」に足を運んできました。
場所は美術館。
そもそもコスチュームジュエリー展が美術館で開催というところにもうすでにコスチュームジュエリーに対する扱いが見て取れます。
ジュエリーを「芸術品」なるものとしてとらえているということになります。
ファッション小物とは一線を画すようなそのコスチュームジュエリーが生まれたのは、「ポール・ポワレ」という男性が先駆者と言われています。
その後同じ考え方の、ドレスのコルセットを解放した自由な服装への提案をコンセプトにした「ガブリエル・シャネル」様の影響は大きいです。
ライバルであったような存在の「エルザ・スキャパレッリ」、そして「クリスチャン・ディオール」もコスチュームジュエリーを多くの人に広めていった功労があったということです。
このたびは、実際に現物を拝見したことに伴い、展示会内でも説明のあった「ヨーロッパとアメリカのデザインの違い」に焦点を当てた切り口でコスチュームジュエリーについて綴りたいと思います。
工業製品であるコスチュームジュエリーはある意味自由自在、にもかかわらずヨーロッパがお花や葉っぱのモチーフに固執した理由
これも趣味嗜好が関係してくることだと思うのですが、植物などを美しくかたどったジュエリーのデザイン一辺倒のヨーロッパに対して、アメリカ生まれのコスチュームジュエリーは虫とか新しい分野のモチーフをどんどん取り入れていきました。
その違いが文化や気質の違いとして作品に表れていました。
カジュアル過ぎるアメリカのモチーフよりも、クラシックさを曲げないお花や葉っぱなどのモチーフをずっと作り続けるヨーロッパの作品が好きです。
それはお洋服のテイストにも現れて「エレガント」ベースだからです。
この違いは本当に対極にあるテイストであり、元はヨーロッパからの発信をアメリカは独自のアレンジでもって表現していったということが言えると思います。
伝統に固執するヨーロッパの良さももちろんあり、変化を楽しむアメリカの良さも大いにあると思うのです。
あとがき
YouTubeの中でお話させていただきました切り口と当ブログ記事の切り口が違いますので、両方見ていただけると2倍の情報になります。
コスチュームジュエリーに対してはとても有難いジュエリーだと利用させていただいております。
何せ、活動的な場面で高級ジュエリーはハラハラドキドキせねばならないことでその本来の目的が十分に楽しめなくなってしまうかもしれないからです。
例えば遠方へのお出かけにはそれにふさわしいジュエリーとしては、コスチュームジュエリーの出番があると思っておりまして、「気軽さ」があります。
もし、破損したり失くしたりしても代わりが利くというのも「工業製品」のメリットです。
ただ実際はコスチュームジュエリーさえも1点物のような物を選んでいるので、大切にしていくということになります。
コスチュームジュエリーが偽物だということは見た目で重々承知のもと。
分かっていてイミテーションパールや模造トルコ石のジュエリーを装うことに対して、肩の力が抜けて付けられる良さがあるのです。
それでも、こんな工夫も考えました↓。
大ぶりなコスチュームジュエリーをあえて小ぶりで集めること。
小さいということが、遠目で見て「本物かもしれない」というまやかしを起こします。
「偽物」なのに「本物」に見えるというアイデアを自らのアウトプットとしてお伝えしたいと思います(^-^)。
座椅子カバー2種①フルカバー(脚無し用)②ハーフカバー(脚付き用)を3年越しの生地のロット違いを組み合わせた製作【1398】
まえがき
こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。
実家で母が座椅子を購入とのこと、拝見すると、なかなか立派なものでした。
張りの生地はツイードと帆布の間くらいの厚み生地。
イメージとしては、長く使っていく場合そのままでは、生地が擦れたり破れたりするのではないかというもの。
そして、カバーを作ることを提案し製作することになりました。
その座椅子は、木製の脚(あし)がネジ式で設置してあり、取り外し可能。
脚付きの使用と脚無しの使用が使い分けられるものでした。
このたびは、その両方に合わせ、カバーを2種作る方法を選択。
1つのカバーで2タイプを兼ねるとカバーに脚の部分の穴が必要で、遠方に住みながらの製作では穴の位置が正確ではなく、かえって2種のカバーを作った方が良いと判断したのでした。
座椅子を出来る限り末永く持つためのカバー、必ず何年後にはカバー無しよりも大きく効果が出ていくと思いますので、座椅子購入の最初に検討することとして、是非ご参考にどうぞ。
手持ちの在庫生地のラストを飾ると同時に、不足は生地屋様で同じもののロット違いを追加購入
2年前の反で購入のカーキグリーンのが手持ちで最終でした。
右のカーキブラウンは当時には購入しておらず、まだ2年前のストックが売り場にあったというミラクルで追加購入ができました。
座椅子も面積が大きいので手持ちだけでは不足を、現在でもまだ生地屋様に同じものがあった奇跡。
反が違い随分ロットが違いますが、組み合わせたバイカラー仕様が可能だとひらめきます。
そして、不足分のみを最低限に追加購入し、この度の製作に利用させていただきました。
①フルカバー②ハーフカバーの完成をふりかえりました
無事に完成しました。
フルカバーは、布団カバーなどと同じ作りなので、上述のマジックテープの入り口が特徴意外はお写真を省略です<m(__)m>。
写せたらよかったのですが、現在の使用が脚有りのハーフタイプ用ですので、時間がなく写せませんでした。
ハーフカバーに関しては特徴があり、現在の脚取り付け状態に合致して写すことができましたのでこちらを中心にご紹介します↓。
寸法の割り出し方:小さくて入らないことを防ぐための5cmの追加の実際の効果
<縦>の9はマチ18cmの半分、3というのはハギ目を作り延長した分のハギ目の縫い代両側合計の3cm、少し足りませんが余分の5cmのプラスに吸収されたと思います。
2.5というのは、三つ折りの縫い代の始末1.25cmx2=2.5cmのことです。
最後に足した5は5cmの余分を縦も横も見積もったという意味。
カバーに余裕がないと本体の生地と擦れたりして傷めますので、ゆとり寄りに仕上げるために5cmを見たのです。
当初ゆとりがあり過ぎたら行おうとしていたピンタックも辞めました。
5cmの余分の見積もりはまずまずの効果を出したと思います。
とろみの生地ではないところがこの度の綿/100%の比較的厚手の生地の良さ。
よく座面にもなじみずれることがすくなくうまくフィットしました。
あとがき
このたび製作の座椅子カバーも決して小さい雑貨品ではありません。
面積の大きなものを作る際には、出来るだけものさしを使わない方法が楽でスムーズ。
ヘリンボン織の織柄がストライプなので、その柄に忠実に裁つことを目安に随分スムーズでした。
もっと大きな寝布団カバーやこたつ布団カバーならば、なおさらです。
そうしますと、もし手作りで柄or無地に迷う場合は、せめてジャガードにすると柄が目安になり助かることが多いです。
カーテンも同じことだと思います。
初めての場合は何か必ず課題が残ってしまう完成になることが仕方がないわけですが、その分その教訓や課題の解決の糸口は都度製作後すぐにお伝えすることができます。
綺麗な完成だけをお伝えしても現実的ではありませんので、むしろこうした課題の残った完成品から得られる情報こそが重要。
是非、製作にこのたびのアウトプットを活かしていただければと思います。
素敵な完成を祈っております(^-^)。
アメリカ文学から紐解く、「差別」「否定」が一家代々に渡る悪い連鎖を生み出す程の心の奥底に潜む「劣等感」を持ったきっかけは何なのか【1397】
まえがき
こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。
以前の【366】のブログ記事では、「アメリカ文学入門:諏訪部浩一 責任編集」を一読、その中からすぐに読みたい1冊が決まっていました。
そして、その後読み始めた、たまたま長編であり難解であると知った「アブサロム、アブサロム!:ウィリアム・フォークナー 著」をこの度拝読。
以前も綴りましたように、アメリカ文学はその結末が必ずしもハッピーエンドではない、むしろ悲劇的であるということの象徴的なストーリーでした。
そのキーワードの1つに、「ironic:アイロニック:皮肉」があるのだと。
このたびの長編は、(確かに噂通り)複雑で分かりにくかったのですが、覚悟を決めた上で読み進め、親切な最初の人物紹介の掲載も随分役立ちました。
時折、「えーとこの人はどんな立場の人だっけ?」などとページを戻りながら読んでいきました。
不思議なもので、数行は到底途切れることが無い文章の読みにくさがあるにもかかわらず、息つく暇も無いほど物語へ吸い込まれるように、そしてむさぼるように読んでいくことになりました。
気が付けばページが進んでいるというまるで魔法のような「しかけ」を感じます。
このたびは、読み終わって考える、人種間の「差別」「否定」の根源はどこにあるのか。。の深堀りの記録です。
一人の人間の「魂の傷付き」がこうも世代を超えて一家の終焉に至る程の根強い「悪」をもたらしたことの罪深さを暴き出したように思えました。
正確な答えは著者様以外分かるものではありません。
とはいえ、こうした文学作品も1つの問題提起ととらえると自分なりの感じ方を持っても良いと思うのです。
1つその答えを見つけたような気がします。
一家の悲劇の始まりのキーパーソン、「トマス・サトペン」の幼少時代のトラウマ
この記載の前に、「ウィキペディア」を拝読。
この物語についての一定の正しい要約が掲載されていました。
サクッと物語を一読だけでは到底分かることはないこの登場人物多数の難解な物語です。
とはいえ、最初から最後までで何度も出てきたエピソードが非常にキーポイントに値する部分だと誰もが分かると思います。
「サトペン100マイル領地」と呼ばれる豪邸を作った初代の持ち主、「トマス・サトペン」は、幼少の頃、後にトラウマとなるような差別を受けました。
お遣いで訪問したお宅の黒人に、表玄関から通してもらえなかったのです。
「裏口へまわれ」という黒人による指示。
これが後の根深い「差別」の連鎖を生んでいきます。
私達の浅いイメージを覆すのが、「サトペン」が白人であったということ。
白人が黒人によってこうした差別的屈辱行為を受けたエピソードです。
私たちがイメージにあるのは、黒人が白人によって差別を受けるというものでしょう。
実はそうではなく、どんな民族も民族同士の間でこういったことがあったということなのです。
アメリカ社会の奥ではかなり複雑な人間模様が入り組み、一筋縄というものでは決してない点がとても重要です。
幼少時代に粘着してしまったトラウマが「サトペン」のその後の一生に付きまといます。
「差別」をされた者が行ったことは、同じく人を「差別」するという連鎖の悲劇でした。
そして、最初の妻に黒人の血が入っていることを後で知ったことで、「黒人への否定」が民事訴訟や離縁という形で表れます。
そうして、「考え方」が一家代々に渡り遺伝のように引き継がれ、心の奥底に浸み込んで悲劇を生む結果になってゆきます。
思えば、幼少の頃に受けたトラウマの時の近所の黒人も「差別」や「偏見」を持った考え方が完全に心に根付いていた人物だったかと。
「サトペン」に「裏口へまわれ」とまるで呼吸するように自然に発してしまった言葉だったと思われます。
たった一度「差別」に出くわしただけのわずかな瞬間でさえも、その後の根深い悲劇を生み出す恐ろしさを見た気がします。
そして、血縁関係や結婚などの縁により、長年に渡り悪いしきたりが一家のすべてに伝播していく様子を決して単純ではなく入り組んだ複雑さを孕む象徴のように、長く難解な文章でまざまざと綴っているのです。
あとがき
「差別」と「自負」は対極のような位置にあり、常に敵対しているものだと思います。
なぜ、「差別」があるのかというところは、「劣等感」の表れではないかと見ています。
本当は平等を求めているからこそ、「劣等感」という感情が湧いてきて、「そんなのおかしいよ」と伝えているのです。
それなのに、その後の方向を見間違い、されたことと同じことを別の人間に対してやってしまうのが人間。。
これが負の連鎖ともいうべき、「差別」の広がりの正にその分岐点だと思います。
では差別する側の人間に存在してしまった「劣等感」はなぜ生まれてしまったのか。。
それが、冒頭でつづりました、「魂レベルでの過去の傷付き」だと思います。
物理的な傷はやがて癒えていくのですが、「魂」が傷付くことを治すことがいかに容易な事ではないかということです。
『人間は、決して「魂」に傷を負ってはいけない、また人の「魂」に決して傷を負わせてはいけないということをすべての人種を越えた人間一人一人が考えるべきなのだ』という強い助言と戒めをある一家の崩壊の顛末とともにその根深さと恐ろしさを伝えたメッセージなのではないかと思います。