自分らしさがちゃんと表現できているのも「無我」だからというユニークな矛盾、東洋哲学の教えは日常に落とし込めるもの【1508】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

このたび「自分とか、ないから。:しんめいP 著」を拝読。

複数の東洋哲学の考え方の違いをひも解き、シンプルに面白くお伝えしてくれた本でした。

教科書などによる説明ではどこかぼやけた印象で、本質的な違いがどこなのかという分かりにくさをカバーしてくれるようなお役目に感謝。

お寺を巡り自らも修行に関わった著者様の行動も見逃してはなりません。

全ての人々のための教えと言っても良いと思う程、日常的であり普遍的なのです。

取り上げられた7名の哲学者それぞれに考え方の根本の違いがある点は、「7名の東洋哲学者のどの考えが好みですか」との投げかけをされています。

東洋哲学者ごとの考え方の違いを最も自分らしい言葉で紡ぎ出された説明、空っぽは存在感無しの無能ではない

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中身が空っぽな人間ではいけない。。と思いながら知識だけを詰め込むことは、結局は中身の無い人間なのかもしれないという矛盾。

反対に、「空:くう」こそ、その人らしさを最終的に作り上げるような教えであるこの矛盾がとてもユニーク。

不思議な点であるとは思いながらも、日常の「整理整頓」を考えてみると頷けます。

ビシッと整理整頓され、余計な物を極めてミニマムに配置したお部屋を作ることで、その後に見える世界が変わるというのは自らも体験しています。

仕事場であると、物品が溢れたごちゃごちゃしていたところから、「引っ越し」と共に物を最低限に持つ姿勢の意識改革も伴い、現在では随分違った仕事場になりました。

毎日目にする風景の影響はただの風景にとどまらず、なぜか考え方の変化や新しいアイデアをもたらします。

整理整頓によって空いた部分が生み出すパワーというのは、想像を超えてゆくほどの影響力があるのかもしれません。

常に、物理的にも精神的にもすっきりとしているという状態は、「整い」として近年意識していることです。

毎日のルーティーンである、掃除・エクササイズ・ウォーキング・読書は、おそらく「整い」に繋がるものになっているのではないかと。

この本の中の「空:くう」に、このような自らの日常を重ねてみると、上述の「矛盾」も矛盾ではないと思えてくるのです。

あとがき

この本の中で取り上げられている人物「空海」様・「達磨大師:だるまたいし」様・「老子」様・「荘子」様・「親鸞」様・「法然」様・「ブッダ」様など多くの方々も、元は神的存在ではなく人間であるということが重要。

様々な逸話は神がかった存在として伝説になってはいますが、同じ人間からの教えであるということが受け取り易さです。

日常のあらゆる出来事の中で引用されていて、1つの出来事に対して真っ只中で暴れまわり混乱し自分を見失うなどということなく、冷静に俯瞰して目の前の状況を受け止めたいです。

そんな時に、東洋哲学者様達の教えのフレーズを思い出すことで、後押しや説得のようなことが得られるという希望を持ちました(^-^)。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク

産地品の古物天然石ネックレス・メッキブレス・マーカサイト石付きリング、価格無関係に創造できるコーデは平等な概念【1507】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

当「本物志向のレンタルジュエリー」では、18金やプラチナの高級地金と宝石質のストーンのコンビに特化した本格派ジュエリーが並びます。

開始は2020年で、最初は自前の収集物をそのままを事業へ献上、その後ラインナップをどんどん改良し内容を高めました。

開始当初はSV925・天然石の連物・真珠・ハイブランドコスチュームジュエリーが入り混じるものでした。

その後の1年間で特化型を目指し上述の素材はすべて廃止へ、レンタルの意義をしっかり考えた末の現在です。

過去の廃止のラインナップから現在まで変わらず3点1セットを貫いてきました。

このジュエリーコーデの素晴らしさを、この先もジュエリーの価格によるレベルのみで判断せずに、フラットな目線でご提案する活動にしたいと思っています。

2025年からスタートした「お洋服とのコーデ例」を1セットずつきちんと付けていくという発信でこの考え方をアウトプット中。

過去のラインナップから現行までのセットは、タイトルの頭に<旧><新><新新>が付きます。

このたびの投稿は、ラインナップにさえ並ばなかったレンタルには及ばない超リーズナブルに入手可能な3点セットに挑んだ記録です。

リーズナブルな3点であっても、何ら高級感ある素敵なコーデができる可能性を、是非探ってみてくださいませ。

コストをかけないメッキやリーズナブルな天然石で組みあわせた3点セット、抜け感の中にもちゃんとあるエレガンス

日常ジュエリー3点セット:パッと見てすっきりとした印象を受けていただいたならばコーデは成功です。
ネックレス:「十勝石:とかちいし」という北海道産の天然石の連。留め具はフローラルなシルバークラスプ。

「十勝石」は、過去のラインナップにも登場していまして、この真っ黒タイプとは違い、溶岩のような色の赤が入り混じる柄入りタイプです。

リーズナブルとは言え、一定のレベルを持つのがこのネックレス。

32面カットの珠もよく煌めき美しいのです。

ブレスレット:シルバーカラーのメッキ素材。幅広でハワイアンな花柄デザイン。

メッキだから粗悪な作りということは決してなく、留め具も観音開き折りできちんと作られている点が素晴らしいです。

メッキとは言え、地金を存分に使った優れたお品物だと思うのです。

リング:925台にマーカサイト装飾。ストーンがイミテーションなのか天然石なのかは現在のところ不明。

動画内でも、塗りつぶしたようないかにも染色っぽさがあるとはお伝えしたものの、ジュエリーではこういった考え方をしていきます↓。

第一印象は、これらのストーンがいかにもイミテーションに見えたのもはっきりとしたクリアな原色っぽさからの怪しさでした。

「ストーンがイミテーションなら、台はメッキに違いない。。」この考え方がジュエリーにおけるバランスです。

ところが、よく見たら「S925」の刻印があったのでした。

刻印があると、周りの装飾的な枠組みは「マーカサイト」だと判断するのが妥当。

それならば、9粒のストーンは本当は天然石のはずなのです。

不思議なことに、青色の部分のストーンだけ1点がグリーン、この不揃いさも本当は天然石なのではないかという可能性を残します。

今後、本当のことが分かった暁には当ブログ記事に立ち戻りお知らせしたいと思います。

並べ方を変えてみた様子:この3点が集まることで相乗効果的に1点ずつの良さが高められます。
お洋服とのコーデ例:ボタニカルな木の実柄のカットソーは色がリングに通じ、柄はブレスに通じます。

もちろん、黒ベースのカットソーですから、ネックレスの黒にリンクしている点がベース。

カジュアルであるような日常着のデニムコーデですが、どうでしょう、エレガントに寄ったものになったのではないでしょうか。

あとがき

今後も、こうしてレンタルには無いジュエリーも、価格差無しに平等な「コーデ」の部分にフォーカスしてお伝えしていきたいと思います。

一般的な印象においては、コスチュームジュエリーのプラスチックと18金ジュエリーを同時付けするよりも、3点のレベルが均一である方がしっくりきました。

日本人には、「使い分け」の観念が色濃いと言われています。

「慶弔用」に花珠(はなだま)を、「日常」に古物のやや傷みがあるあこやを。。というシーン別の使い分けは、その着用時の「心地」に繋がるものです。

アクティブなシーンにおいて思い切って活動的に過ごせるのも、ジュエリーが軽やかなリーズナブルなものだからという心地があるからです。

こうしたシーン別の使い分けの一例にもこのたびのセットが良きヒントになればと願います(^-^)。

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書き手:ピクチャレスク

音楽の分野に拘らずすべての音楽をフラットに聴いてみる、その中の「ジャズ」は様々な媒体に溶け込む柔軟性が特徴【1506】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

YouTubeの「再生リスト」に好みの曲を集めて公開もしています。

たまたま我が再生リストをきっかけにYouTubeの視聴者様が新しい曲を知り、気に入ってくださることに少しでも貢献できています。

その拘りは、「ドラマチックなメロディー」にあり、様々な分野の音楽どこからでもとにかくドラマチックだと感じた私らしい選択になります。

民謡・ロック・演歌・ポップス・クラシック・ジャズ。。と分野は問いません。

そして、リリース年に関しても全く関係が無く、オリジナルが聴き辛い場合は、カバー曲のアレンジがより良ければそちらを選択することも。。

その様々な音楽分野の中で、「ジャズ」についての本をこのたび拝読。

「戦後日本のジャズ文化 映画・文学・アングラ :マイク・モラスキー 著」です。

日本文化を長年研究されてきた研究者様の一人です。

下に貼りますYouTube動画の中でも複数の項目別に初めて知ったことと今思うことを交えながらお話しました。

当ブログ記事では、特に自分がジャズという音楽に今後どう触れていきたいかを綴りたいと思います。

レコード時代だったからこその浸透、昭和の日本映画のサントラや1960年代隆盛のジャズ喫茶が証明してきた普遍性

YouTubeの中でお話したことを先にアップしてみます↓。

・ジャズの日本での浸透は、1950年代末期-1970年代

・そもそもジャズという音楽は何からの引用で生まれたのか

・現時点でジャズに対して思うことや願望

・ジャズが部分的に取り入れられた進化した音楽

・映画の中にもサントラとして引用されるジャズ

・かつてあったジャズ喫茶の存在意義

・カフェの「有線」でかかる音楽に惹かれる時

もし、気になる話題があれば、下に貼ります動画をご視聴いただければと思います。

さて、当ブログ記事では、この中にはあまりお話していないことを盛り込みたいと思いました。

今現在の自分のジャズとの接触の実態を綴りたいと思います。

元のリズムがはっきりと土台にあるジャズは、音を載せやすい音楽だということがまず1つ。

現在は、やはり高尚な文化としてプロの活躍が目立つのも当然。

商業に利用されることで、演奏側と聴き手2極に分離しているのです。

「プロ」という地位があれば当然のことであり、どの音楽もコンサートやライブのスタイルは基本的に二極化なのです。

考えて見れば商業はすべて同じ、売主と買主があってこそ成り立つもの、音楽も商業化されているものなのだと改めて思うのです。

しかし、民謡が生まれた頃や舞踊音楽が出来た頃というのは、もっと人々により寄り添った日常の中で生まれ、商業とは分離していたのです。

だからこそ黎明期の音楽も大切、ジャズに限らず元音源が生み出された頃に近いものを現在何らかの形で聴く機会も非常に貴重ではないかと。

例えば、以前の投稿の【1505】にも関連するのですが、日本の演歌はメロディーの「5音階:ヨナ抜き=4と7の音を除外」によって悲哀の心情を表現するもの。

ちょっとした法則のようなものです。

ジャズも、古典的なジャズをずっと演奏してきた方の中には「このような音はジャズではない」などと、本格派ジャズとそれ以外を線引きしたい意向を感じる声も。

日本に浸透してからは、映画「酔いどれ天使」「嵐を呼ぶ男」「さらばモスクワ愚連隊」「黒い魔力」に馴染むように引用されました。

そして、1960年代に隆盛の「ジャズ喫茶」は、一般市民が訪れる喫茶店という日常的な場所にたくさんのレコードと共にジャズが存在していたという形態は振り返れば「文化」なのです。

ジャズコードを学ぼうとテキストを少し持ち始めたのが2025年。

まだ本格的には進めることができていませんが、コードを習得したいという願望を持ちました。

特にジャズの道に入ろうというものではありません、古典的なジャズをしてきた方にお叱りを受けてしまいます。

そうではなくて、自分らしいメロディーにジャズ的な自由な要素を盛り込み、エモーショナルな音楽を生み出せればとても素敵だと思うのです。

何か音をアウトプットしているのかに関しては、YouTubeのエンディング曲を自作しているところにとどまる現在ですが、この先の願望としては上述のようなコードの習得なのです。

あとがき

あくまで、「自分らしいジャズとの向き合い方」が大切。

ほんの僅かにジャズ的テイストが盛り込まれた音であっても、ジャズに触れているのです。

このように「引用」「盛り込み」ができる音楽である点こそ、ジャズらしさではないかと思うのです。

本当は、ジャズは日常的であり普遍的な音楽なのではないかとという風に思わざるを得ないというところにたどり着いたのです(^-^)。

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書き手:ピクチャレスク

昭和の歌謡曲の分類という見方はもっと後の時期、演歌の黎明期は明治で日本の民の心の吐露は情念として継承される【1505】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

紹介されている本を読んでみるということを時々しています。

データ的には複数の人が手に取ったであろうこと、その時期の情勢に見合った内容は、たとえ過去の古い本でも見直されることから乗ってみるものです。

図書館で借りるスタイルの者が、特設場所にあったいろいろな切り口の「文化」の集まりの本の中から手にした1冊です。

「創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史:輪島裕介 著」です。

音楽を浴びるように聴くことがあり、そのジャンルは問わないため世界中の音楽を「ドラマチックなメロディー」と感じたものに特化して集めるということをしています。

その中には、演歌寄りという印象の「夢芝居」「アカシアの雨がやむとき」を入れています。

この本を読む前は、「演歌」を「歌謡曲」のような分類として考えていたのですが、それも昭和生まれの自分の目線でしかなかったということになります。

日本生まれのメロディー音階の「演歌」、他国独自のそれぞれの音楽と同じく根底には「悲哀の情念」が込められていた

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かつては、「艶歌:えんか」という遊芸の場で歌われた歌として存在していた時期もあります。

当ブログ記事では、最後に貼りますYouTube動画ではお話していないことを綴りたいと思います。

反対にYouTube動画では、「流し」の存在や、現在の演歌歌手の方が古い歌を歌うことの意義などをお伝えしています。

そもそも演歌の最初の歌手は誰なの?ということについて。

明治時代の「自由民権運動」の頃、政治批判の意味合いの気持ちの吐露が最初。

「演歌師」と呼ばれる歌い手は、「添田唖蝉坊:そえだあぜんぼう」様の「ラッパ節」・「川上音二郎:かわかみおとじろう」様の「オッペケペー節」・「神長瞭月:かみながりょうげつ」様の「残月一声:ざんげついっせい」。

その歌詞の内容は「社会風刺」が色濃い、当時そのままの本音をアウトプットしたものだと思います。

戦後は、アメリカ的な文化が入り、ジャズ要素が入ることでこうした日本独自らしさで溢れる音楽が昭和時代の者が良く知る歌謡曲の中の演歌というようなテイストへ。

日本人に生まれた者として、ジャズ以前の演歌を一度は聴いておくと良いと思うのです。

かつては、どちらかというと演歌はやさぐれた低い位置付けの世間から撥ね退けられるような存在であったとも。。

なかなか文章のみでは曲のイメージが湧きにくいかもしれませんが、皆が知る「盆踊り」の音楽の世界観をイメージされると曲の要素が入り混じっています。

テレビ時代になった晩年に芸者時代そのままの名前で出演されていたことがある「市丸:いちまる」様や「神楽坂ハン子:かぐらざかはんこ」様。

戦後に新しい音楽が入ってきた時をまたぐ時期の方であり、「市丸」様の「三味線ブギウギ」は戦後の要素入りです。

ただ、日本髪結いの芸者姿は、「神楽坂ハン子」様の「芸者ワルツ」と並び、黎明期からの「演歌」の流れが入り混じる貴重な存在。

正確には、かつてはラジオでしか流れなかった過去の曲を、テレビが登場後にテレビ用の演出と共に歌われた映像を拝聴したのだと思います。

こうして演歌の元の姿を知ることで、1970年代以降のテレビを当たり前に見る時代に商業的な背景の現在に繋がる演歌とはかなり違っていたと思うわけです。

ただ、「進化」は自然な形、時代の流れと共にそのままのスタイルで残ることはないのでしょう、今の演歌のスタイルとの違いは進化の姿だと見ています。

歌の中の暗さは、世への失望と哀しみを歌った当時の心の内が存在している証。

商業主義的なヒット曲を目指す曲の生み出し方ではない、民の心をしっかりと刻んだ情念混じりの歌にこそある価値、そのような部分に探究を巡らせた著者様の拘りを感じます。

あとがき

冒頭の「アカシヤの雨がやむとき」は、後の歌手の複数の方々がカバーされた1つがきっかけで知りました。

古い曲は、もしかしたら忘れられてしまうのかもしれない、新しい形に発展させながらも色褪せないその歌詞と音源メロディーは歌い手によってどんどん引き継がれると良いです。

「なんでこんな古臭くて暗い歌なのに何度も聴いてしまうのだろう」。。決して太陽みたいに明るい淡々とした曲に引き付けられるばかりではないのです。

暗さは、その当時のその時の心情そのままが何十年も引き継がれてきた証。

かつてよりもはるかに裕福な現代では分からないことが、歌に残っているのです。

心のやり場の無さの表現の1つとして「歌」という文化の存在意義があるのだと思いました(^-^)。

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書き手:ピクチャレスク

スーツライクなセットアップやボーダーTシャツのエレガントな表現、オールシーズンデニムコーデが教えてくれる様々な表情【1504】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

デニムコーデに関する投稿は過去にもさせていただいておりまして、【799】【828】【1394】【1438】が該当します。

どれもが、上下を渾身の1択にセットし、「着回し」と対極の濃厚な1セットを作るというワードローブの配置をお勧めしたものです。

このたびは、同じコンセプトながらも、やや切り口が変わります。

デニムそのもののメイン素材である「綿」を真冬や真夏などの末端の季節を含めたオールシーズンで1セットずつ微妙な季節に分けた5セットでご紹介します。

そして、季節の日にちごとの僅かな流れや、1日の中の日中と晩の気温の違いにも対応できるような「機能」をコーデの中に盛り込みました。

ベースとしては、すべてが古着のお洋服で組み立てるコーデとなりまして、新品のここ最近の流行のアイテムなどは入りませんことをお伝えしておきたいと思います。

オールシーズン一周デニムコーデ、「真冬」「梅春・晩秋」「陽春・初秋」「初夏」「盛夏」の5つの微妙な季節感の違いで表現

末端の「真冬」から順番に季節別で5セットのデニムコーデをご紹介してまいります↓。

①真冬:「ミカレディ」様のアクリル混セーターと「ラングラー」様のデニムスラックス。

厚みあるデニムスラックスは、冬でも寒さをしのぐ緻密な織があります。

ウールパンツなどとの素材感の違いは、毛/100%のいかにも真冬なセーターを当てなかった点でバランスをとりました。

アウターコートを暖かい毛/100%で着用する体感の調整は可能です。

②梅春・晩秋:オリーブジャケットは「ジョルジオアルマーニ」様、ベージュ透かし編みセーターは「エンポリオアルマーニ」様、ミドルブルーデニムは「フェンディ」様。

ぽかぽかの春になる手前の季節と寒い真冬になる前の秋深まる季節は、離れていますが体感としては似ていますので共通にしています。

上着無しでは厳しい真冬前後の季節用ということです。

ジャケットはシルクが割合の大半を占める素材で、1日の中でも着脱が可能な重ね着コーデです。

また、少しだけ移り変わる次の季節へのシフトの細かな段階としても有効、つまり「機能」を持ったコーデでもあるのです。

③陽春・初秋:モノトーンバイヤス柄のカシュクール風シャツは「オーダーメイド」と予想、ブラックデニム(ダーク)は「バイスラー」様。

②と同様で、春と秋との季節の違いがあっても体感が似ている季節同士を共通にしました。

この季節は、暖かいと呼べる心地良い季節にマッチしたもの、着脱などは無く1日そのまま1枚で過ごせる季節ということです。

④初夏:ブラックデニムジャケットは「マージナルグラマー」様、モカ茶幾何柄ノースリーブシャツは「LOUIS JOONE」様、ブラックデニム(ライト)は「アルマーニコレツィオーニ」様。

別々の場所から一緒になる色落ちデニムのセットアップは、ぴったりに色が合うことが難しいものです。

少し濃淡がありましたが、腑に落ちた範囲内ということになります。

Gジャンをインディゴカラーでまとめられる自主セットアップが多いので、ブラックデニムのジャケットデザインでのセットアップはレアです。

⑤盛夏:グリーン系マルチボーダーTシャツはおそらく手作り品、ミドルデニムパンツは「MCM」様。

カジュアルなイメージのボーダーTシャツでさえエレガントに寄せていきます。

背にファスナーが付いたカットソー的なボーダーTシャツをお作りになった方の解釈が素晴らしいと思いました。

あとがき

以上、このように5つのシーズンが繋がるように、デニムコーデをご提示してみました。

デニムがかつてのカジュアルに寄ったイメージからの広がりの1つとして、エレガントな装いの1つの素材として違った映り方で感じられたのではないでしょうか。

たまたまエレガントにデニムを装ってきた者がこうしてお伝えしているわけで、これもただの1つの考え方に過ぎません。

元はアメリカ生まれの「リーバイス」様が象徴的な作業着からのスタートだったデニムパンツ。

軍服なるものがトレンチコートへと、その名残を各パーツに残しながら変化してきたことに似ていると思いました。

人々の大きな意識的なものが動き、きちんとした場所でさえデニムが着られるという解釈が生まれても何ら自然な事なのです(^-^)。

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書き手:ピクチャレスク

かつて会話の中で話し手自身の言葉ではないことを感じ取った経験は確かな違和感、借り物のような言葉の扱いの不自然【1503】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

「言葉の魂の哲学:古田徹也 著」を拝読。

こうしてブログ記事・YouTube動画・SNS投稿の発信者としての言葉選びに対する責任と意味を今一度確かめ直したいという気持ちがあって手にしたものです。

このたびは、本の中で述べられていた「違和感は受動的にやってくる」という点について実体験を交えながら綴ってまいりたいと思います。

共通の意味とされている言葉であっても、使うタイミングや位置など、それぞれのまたとない1点物のような存在であることこそ「自分の言葉」なのだということをお伝えできればと思います。

言葉の奥行きや文脈内の配置で背景や感情を感じる、発信する言葉に対する責任と言葉選びに対して改めて襟を正したい

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言うのは無料。。その場で言えるだけのことを言っておきたいなどと言う考え方は、言葉をぞんざいに扱っているかもしれないのです。

思い出すところ、過去の会話の中で「あれ?自分の言葉じゃないな。」と思った違和感がありました。

まさにこの「違和感」こそ、本の中で解説されていた「目に見えぬ存在があちらからやってきて、その言葉の相応しさを教えてくれる」ということに合致していました。

実際のその時の状況を思い出してみると、目には映らぬ背景がぼんやりと映し出され、その人物に他の人物が言ったことを反復して発していたと思えたのです。

一見分からないように、言葉自体は自分が発したような文法通りに構成されていました。

しかし、受け取った側はその正しい文法以上に背景が透けて見えてしまったという貴重なエピソードです。

つまり、「言葉」というのは著者様の表現の「多面体的構造」という様々な表情を持つということ。

言葉それ自体を越え、背景や過去の出来事までもうっすらと映し出すもの、これを「陰影」と表現されていました。

実際に体験した会話の中の「他の人の言葉ではないか」というのが陰影の部分、決して言葉そのものとして語られることなどなかった「裏」の部分がまるでストーリーのように分かってしまった出来事です。

そのようなことから、タイトルの「魂」が付記されている意味に対して納得。

実はそれほど本の中には「魂」という言葉は登場していませんが、1読者は受動的に受け取った違和感の正体がこんなとろにあるのではないかと受け取ったのです。

1つの言葉の中には、意味が複数あり、様々な状況に使えることが多いものです。

しかし、その複数の中の1つの意味として利用したとしても、言葉を使う背景や文脈は同じ言葉を同じ意味で使う他の人物とは別物なのではないでしょうか。

共通の言葉でありながらも、人間一人一人が違うように言葉もそれぞれ違った姿として映るもの、これこそ正しい使われ方がされたという証拠なのかもしれません。

あとがき

「言葉」は「日常にいとも自然な姿でその存在が無いかのごとく溶け込んでいる状態が望ましい使われ方をしている」ということも述べられていました。

ネットのカッコイイ言葉をあちこち拾い集めてくっつけたタスクが、いかに不自然で支離滅裂なのかは、おそらく「違和感」として読み手に影響を与えてしまうと思います。

小難しい哲学的な本のようにも捉えられてしまいがちですが、本当は最もシンプルなもので、「相応しい言葉を丁寧に選択しながら、自分の言葉で語ることの大切さ」を説いておられるのだと思います(^-^)。

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肩掛けバッグの隙間の補填は内部で可能、蓋付きクラッチ型はバッグ真ん中の仕切りポケットとして設置された【1502】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

このたびは、「研究製作」の1点のバッグの完成をお伝えします。

取っ手の高さが32cmある肩掛けバッグ、デニム生地2色を表面と裏面を別の表情でパッチワーク仕立てにA4縦サイズで完成しました。

結果としては、実はボツ品となってしまう出来事がありまして、この点を中心にお伝えしたいと思います。

ただ、内部にクラッチバッグのようなポケットを、更に内部にポケット付きで設置する多重構造のアイデアとしては活かせるものであると見込めます。

ボツ品となった理由の接着芯ベタ張りによる皺、薄手の服地をバッグに利用する際には是非避けていただければと思います。

デニムパッチワーク肩掛けバッグの内部構造、クラッチバッグ風ポケットは更に内部にポケット付きの立体構造で設置

使用した10種の生地:過去一番に使用生地の種類の多かったバッグ製作となります。全体でマルチカラー配色。

<10種の生地の内訳>

①表地(前面)-セルヴィッチデニム13oz(グリーン)、綿/100%、日本製。

②表地(後ろ面)-12ozデニム(モカグレー)、綿99%、ポリウレタン/1%、日本製。

③支柱(表面)-10番手ヘリンボン(ダークグリーン)、綿/100%、日本製。

④支柱(後ろ面)-極細コーデュロイ(チョコ茶)、綿/80%、ポリエステル/20%、原産国不明。

⑤裏地(前面)-洋服用裏地(オレンジ)、ポリエステル/100%、日本製。

⑥裏地(後ろ面)-洋服用裏地(カラシ)、ポリエステル/100%、日本製。


⑧内ポケット(内側)-麻混無地(グリーン)、麻/55%、ポリエステル/45%、日本製。

⑦内ポケット(外側)-リヨセルリネン(ピンク系花柄)、リヨセル/55%、麻/45%、原産国不明。

⑨四角タブ(前面)-コットンサテン(黄土色)、綿/100%、日本製。

⑩四角タブ(後ろ面)-玉虫ツイル(エンジ)、綿/60%、ポリエステル/40%、日本製。

仕切りポケットとして内蔵のクラッチバッグ型ポケット:⑦花柄をポケットの外面に選択しました。
大きなフラップをオープン:内面の生地は⑧グリーンを選択、内部にもポケットが設置されています。
不織布接着芯のベタ貼りのミス:⑤オレンジ⑥カラシ⑦花柄の3種について、接着後の皺が起こりました。

このまま続行して作ってしまいましたが、たとえ全面に糊が付いた不織布接着芯であっても、ベタ貼りする使い方なのか縁のみ部分貼りする使い方なのかを自らジャッジするべきでした。

薄手の生地には接着糊は響いてしまうということ、せっかくストライプキルトで固定しているわけですから、もっと深く作業1つずつの意味を問い直すべきでした。

ハード薄芯(接着タイプ):名前が「ハイボン」という一般流通品です。ベタ貼りが有効の時もあります。
完成-A4縦デニムマチ無し肩かけバッグ:<サイズ>縦36cmx横34cmxマチ無し。
オープンした時の内蔵ポケットの姿:フラップで大きく覆われセキュリティー性が高い構造です。

入り口がタブ式であることのセキュリティー性の甘さの補填を内部で行うという点がこの製作のコンセプトとなります。

お洋服とのコーデ例:余計なカラーを追加しない選択のデニムスタイル。

バッグの裏面を見せる場合に別のお洋服が見込めると思いますので、1点のバッグにおける両面の区別はカラーの融通です。

あとがき

非常に惜しかったボツ品となりました。

⑤カラシ色と⑥オレンジは、元はお洋服の裏地で、本来接着芯を全面に貼って使用されるようなものではないということです。

一方で、一見薄手に感じる内蔵ポケットの裏地の⑧グリーンは同じようにハード薄芯(接着タイプ)を貼っても皺が起きませんでした。

生地1点ずつをじっくりと区別し、それぞれの性質を見極めるべき学びがあったこのたびでした。

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書き手:ピクチャレスク

「因果応報」は善行の方の側面にもある言葉、目先の結果ばかりを追う動き方では難しい長期的スパンへの覚悟【1501】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

このたび、「生き方:稲盛和夫 著」を拝読。

以前の「稲盛和夫の実学 経営と会計:稲盛和夫 著」について【1435】で投稿させていただきました同じ著者様の本です。

口コミでも随分多く広まった本。。図書館で借りたものですが本の傷み具合からもよく分かりました。

このたびは、後で貼りますYouTube内の3項目以外の「因果応報:いんがおうほう」について綴りたいと思います。

この言葉は、「悪行はいずれつけのようなものの巻き返しに代わる」というような、悪い方の報いとして語られることが多いですが、実は善行の方の側面もあるのです。

「因果応報」をまさに受けているのではないかという誰かの姿が見えた時、他人事ではないと「慈悲」の目で静かに戒めとして見届けたいものです。

間違っても決して「当然だ」「今までの行動の報いだ」などと揶揄してはいけない、自分自身への戒めでもあるかもしれないと思うべきです。

商人の望ましい有り方が綴られていた。。「我欲」と対極の「利他」を持つことができることは発展や平和につながるもの

著者様は、後に「仏門」へ入られていました。

仏教が教えてくれる大切な言葉を腑に落とし、ビジネス分野にとどまらない人間の望ましい有り方を教えていただいた本なのです。

「長い目で見る」という言葉が好きであることを過去のブログ記事でも時々お伝えしてまいりました。

「因果応報」は、良い方も悪い方も実に長期スパンで起こることのようなのです。

よって、短期的な姿勢で答えばかりを常に追い求める行動では、探索に大半の時間を費やすので、かえって時間が足りなさ過ぎると言えるのではないかと。

長い時間をかけて実らせる「覚悟」は、そもそも持っていないといけないな。。と思っています。

商業というのは「利」を追求するものであるのに、近い意味の「我欲」だらけでは立ち行かない点が混乱と勘違いを起こしているかもしれません。

本の中でも何度も使われていた「利他的」は、肝に銘じておきたい大切な言葉でした。

そう考えると、「利益」が必ずしも事業者のみのものではないと言えます。

利益からの「寄付」などは、その理解しやすい一例なのではないでしょうか。

「利益」は皆の物、従業員や家族や寄付先に分配されることの意味が奥深いのです。

あとがき

こういうアウトプットは、耳が痛過ぎてあまり多くの方には見てもらえない内容みたいです(^_^;)。

それは、多くの方々が「我」に傾向している証ともとれます。

気持ちが良い程の透明感のあるこの本、あまりに耳が痛い話で、とてもじゃないけど向き合えない方もいらっしゃると思うのです。

ただ、これまで多くの方々が手にされた本なのですから、著者様の考え方に倣う一員になりたいですし増えると良いです。

こうしたことの「模倣」なら本当に良い意味での真似だと思うのです。

見かけのフレーズのカッコ良さやちょっとした小手先のテクを気軽に模倣する傾向が多いのは、まさに短期的なゴールを目指す行動。

あちこちそのような大変な調査をしなければならないのも、「軸」が無いからです。

それでも、そのような方に対しては「因果応報」を当てはめてその先の悪い未来を予想して蔑むことは控えねばなりません。

「軸」が無いことの苦しさはそれもそれで相当なものであり、自分なりの「哲学」を持って歩んでいけることを僅かばかりでも願ってあげなければいけないと思い直しました。

真似されて悔しい思いをされている方も多いと思いますが、たやすく模倣をする側も苦しい思いをしていることを、少しばかりの慈悲を持ってわずかながらも理解することです。

自分が足りなかった部分はこの部分、本の内容からはやや逸れましたが、悪い「因果応報」など誰にも本当は起こらない方が良いと思う気持ちを持っていきたいと思ったところです。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク

水の惑星地球の貴重な産物花崗岩(かこうがん)、美しいジュエリーストーンが複雑なミネラル質の一部分だったという俯瞰【1500】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

このたび「花崗岩が語る地球の進化:高橋正樹 著」を拝読。

タイトルの上部には、「自然史の窓7」と記載がありますので、シリーズ本です。

たった今ネット検索でお調べしましたら分かりました、全8巻ありすべて著者様が違います。

図書館で手にした「7」が興味がある鉱物について書かれたものだったというご縁。

ジュエリーを扱う事業においては、その元素材にもフォーカスすることにしていましす。

川下のジュエリーの姿では分からないストーリーが川上には見つかるかもしれないと手に取りました。

著者様が実際に廻った花崗岩脈の記録の本、分かり易くは書かれているものの、呼称の多さに疲労。

実に複雑な多数の石がくっついたのが岩なのです。

そこで、私としては自分なりのアウトプットの仕方として、ジュエリーになっている時の名前と花崗岩の状態の時の鉱物的な呼び名を結び付けることをしてみました。

花崗岩脈巡りのルポタージュを拝読、過去に手にした天然石ジュエリーと照合した結果複数が岩の中で交じる実態を知った

花崗岩とは「 石英(透明な灰色)・カリ長石(肌色)・斜長石(白色)・黒雲母(黒色)を主体とした深成岩(しんせいがん)」です。

花崗岩は、「ゆっくりとマグマが冷却されて出来たもので色は白っぽい」、対する玄武岩(げんぶがん)は「急速に冷却された色は黒っぽい」という違いがあることを初めて知りました。

大きく占める成分は「二酸化ケイ素(Sio2)」、この成分は天然石の多くに含まれる基本的な成分ではないかと。

よく知るところでは、「シリカ」という乾燥剤がありますが、その姿が二酸化ケイ素にイコールで「ミネラル」の一種。

また、鉱物展が開催されることがありますが、「ミネラルショー」などと言う呼び名が付くのも頷けます。

本の中に登場する図解の中で、同じ花崗岩内部でも複数の種類の違う石が所狭しと交わり合いながら存在していました。

よって、川下の宝石の1色はほんの一部分を削り取った意図的な姿であることをイメージしました。

●石英(透明な灰色)・・・クオーツ
●カリ長石(肌色)・・・ムーンストーン
●斜長石(白色)・・・ラブラドライト
●黒雲母(黒色)・・・バイオタイト

↑こんな風に、様々な情報を参考にさせていただきながらまとめました。

上の3点は実物を目の前にして触れたことがありますが、最後の「バイオタイト」に関してはネットのお写真のみ。

クォーツの中に部分的に「バイオタイト」が混じる姿が実状のようで、そうした「入り混じり」「ミックス」の姿こそ鉱物の本来あったそのままの姿のような気がします。

あとがき

「鉱物」を更に地球規模で俯瞰した見方を教えていただいた本だと思います。

この地球上の生物なるものは3つ、「動物」「植物」「鉱物」なのです。

前者2項目はなじみ深いのですが、まさかこうした岩や石が「生物」の分類にあることが感慨深いです。

火山噴火や地震活動によって出来上がった花崗岩の現在の姿は物言わぬ姿のように見えますが、内部の成分が変化したりするとのこと。

こうして、石や岩は立派な生き物だと考えることになります。

我々はいつしか人間中心の見方一択になっていますが、恐れる地震活動も地球自体が生き物である証拠。

地球の僅かな薄っぺらな表面で貪欲に土地を奪い合い、憎しみ恨み合うことをしているのです。

そんな場所がも地球の背中に乗っているというベースがあり、「お世話になっているのだ」という見方をするのが本来なのではないかと。

ジュエリーを扱う者として、これまで出来上がった物品を大切に、その美しさを有難く拝受しながらも決して乱暴なことをしないと誓った次第です。

これまでも決してジュエリーに溺れ貪欲さを持たないスタイルではやってまいりましたが、今後も改めてジュエリーを携えていることに奢らない戒めを持ちました。

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書き手:ピクチャレスク

古着生活の中で知る量産物の味気無さ、反対に決して安定的な供給はなくても1点物の丁寧さや深い味わいに気付きたい【1499】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

人それぞれの趣味嗜好に対しては、良し悪し図るものではないとは思います。

しかし、何かの囚われや狭い見方は大いに解放するべきではないかと考えます。

このたびは、「ブランド」が持つ強いパワーの存在と完全にコントロールされてしまうことで失うかもしれない独自の表現の大切さをお伝えできればと思います。

最後に貼りますYouTube動画と切り口を変えたいと思います。

時々動画投稿の翌日のブログ投稿では、こうした切り口替えもあります。

YouTubeが決して完成されたものではないことを、ブログ記事も並行投稿している者がよく分かっていることです。

有名なロゴのみが「ブランド」ではないのでは。。「ブランディング」は「ノーブランド」と呼ばれるニッチな作り手にも平等にある

これまで、「ブランド品」と呼ばれるファッションアイテムは、「ノーブランド」などと区別されることで、「地位・名誉」を築かれてきたかと思います。

気高く高貴な存在は、たやすく入手できるものではないとより雲の上の存在となることでその威厳が高まりました。

しかし、高額なブランド品の付加価値に「ブランディング」が大きく占めることも見抜かねばなりません。

確かにお品は良質な素材を追求している点には納得が行きます。

それでもとんでもない販売価格・購入者さえ少数精悦の方針は、店舗がありながらお品に触れさせてはもらえないという実態(実際に触れてしまい取り上げられた経験あり)。

そうした高いプライドを持ったブランド品ではあっても、よく考えてみれば「量産品」であることが分かります。

その証拠に有名人の持っているファッションアイテムに憧れて購入する動機となることも実際には多くあり、まさに有名人は「宣伝マン」的存在です。

しかし、現時点でのAIの回答でさえ、「ブランド品と量産品の違い」などと明確に分かれる答えを提示します。

AIは膨大なデータからのまとめ上げ、ブランド品に関わる業者様方のブログ記事やPRなどによる示し方のこれまでの努力の成果の蓄積であると言えるかと。

ただ、「本質」というものに対する目と読みは大切。

本当に購入者のことを思いやった物品なのかどうかや、その背景にどこかで王様のような人がいてどこかで割に合わない搾取を被った人が関わっていないであろうかということ。

元の素材の入手経路まで辿ることで、その実態は本当は存在しているのです。

出来上がりのキラキラした一面だけを見せることはここ近年ではさすがにミステリアス過ぎると、製作途中のシーンも少し我々も目にするようになりました。

とは言っても、まだまだすべてがクリアになっているわけではないと見ています。

そうした一方で、古着市場の中で見るたった1点ながらも丁寧に手作りされた衣装的なお洋服や、味わい深い仕立てのお洋服にはどこか透明感のようなものを感じます。

これらの存在が全くの対極のように思えてなりませんが、肩を並べるとそのレベルはなかなかのものであることも決して無いことではありません。

あとがき

最後に、YouTube動画の内容と重なる部分なのですが、「ノーブランド」という呼び方は本当は正しくないと思います。

ちゃんと作られたお品物に「織ネーム」が付けられていることで、企画+製造された立派なアパレル品であり、「ブランド」なのです。

有名なのか有名ではないニッチな存在なのかのみで区別される呼び名、まだまだ「ブランディング」の力の優勢を示しているということなのかもしれません。

しかし、人々は成熟し見る目も深くなっていきます。

情報の発達により、その製造の背景さえも透けて見える時代が進めば、表面的な事や建て前が効かなくなる時がやってくるかもしれません。

「本当の良さ」とは何なのか。。一人一人がしっかり見直したいことであり、「ブランド」のパワーによってコーデさえ縛られることがあれば、最も大切だと考える「自分表現」を奪われることに等しいのです。

こんな風に懸念する部分をこのたびの記事でお伝えできればと、そしてお品物をちゃんと固定観念無しで見る目線が大切であることをお話できればと思った次第です(^-^)。

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書き手:ピクチャレスク