「因果応報」は善行の方の側面にもある言葉、目先の結果ばかりを追う動き方では難しい長期的スパンへの覚悟【1501】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

このたび、「生き方:稲盛和夫 著」を拝読。

以前の「稲盛和夫の実学 経営と会計:稲盛和夫 著」について【1435】で投稿させていただきました同じ著者様の本です。

口コミでも随分多く広まった本。。図書館で借りたものですが本の傷み具合からもよく分かりました。

このたびは、後で貼りますYouTube内の3項目以外の「因果応報:いんがおうほう」について綴りたいと思います。

この言葉は、「悪行はいずれつけのようなものの巻き返しに代わる」というような、悪い方の報いとして語られることが多いですが、実は善行の方の側面もあるのです。

「因果応報」をまさに受けているのではないかという誰かの姿が見えた時、他人事ではないと「慈悲」の目で静かに戒めとして見届けたいものです。

間違っても決して「当然だ」「今までの行動の報いだ」などと揶揄してはいけない、自分自身への戒めでもあるかもしれないと思うべきです。

商人の望ましい有り方が綴られていた。。「我欲」と対極の「利他」を持つことができることは発展や平和につながるもの

著者様は、後に「仏門」へ入られていました。

仏教が教えてくれる大切な言葉を腑に落とし、ビジネス分野にとどまらない人間の望ましい有り方を教えていただいた本なのです。

「長い目で見る」という言葉が好きであることを過去のブログ記事でも時々お伝えしてまいりました。

「因果応報」は、良い方も悪い方も実に長期スパンで起こることのようなのです。

よって、短期的な姿勢で答えばかりを常に追い求める行動では、探索に大半の時間を費やすので、かえって時間が足りなさ過ぎると言えるのではないかと。

長い時間をかけて実らせる「覚悟」は、そもそも持っていないといけないな。。と思っています。

商業というのは「利」を追求するものであるのに、近い意味の「我欲」だらけでは立ち行かない点が混乱と勘違いを起こしているかもしれません。

本の中でも何度も使われていた「利他的」は、肝に銘じておきたい大切な言葉でした。

そう考えると、「利益」が必ずしも事業者のみのものではないと言えます。

利益からの「寄付」などは、その理解しやすい一例なのではないでしょうか。

「利益」は皆の物、従業員や家族や寄付先に分配されることの意味が奥深いのです。

あとがき

こういうアウトプットは、耳が痛過ぎてあまり多くの方には見てもらえない内容みたいです(^_^;)。

それは、多くの方々が「我」に傾向している証ともとれます。

気持ちが良い程の透明感のあるこの本、あまりに耳が痛い話で、とてもじゃないけど向き合えない方もいらっしゃると思うのです。

ただ、これまで多くの方々が手にされた本なのですから、著者様の考え方に倣う一員になりたいですし増えると良いです。

こうしたことの「模倣」なら本当に良い意味での真似だと思うのです。

見かけのフレーズのカッコ良さやちょっとした小手先のテクを気軽に模倣する傾向が多いのは、まさに短期的なゴールを目指す行動。

あちこちそのような大変な調査をしなければならないのも、「軸」が無いからです。

それでも、そのような方に対しては「因果応報」を当てはめてその先の悪い未来を予想して蔑むことは控えねばなりません。

「軸」が無いことの苦しさはそれもそれで相当なものであり、自分なりの「哲学」を持って歩んでいけることを僅かばかりでも願ってあげなければいけないと思い直しました。

真似されて悔しい思いをされている方も多いと思いますが、たやすく模倣をする側も苦しい思いをしていることを、少しばかりの慈悲を持ってわずかながらも理解することです。

自分が足りなかった部分はこの部分、本の内容からはやや逸れましたが、悪い「因果応報」など誰にも本当は起こらない方が良いと思う気持ちを持っていきたいと思ったところです。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク

立ち続けることも「坐骨神経」周辺に負担がかかる、3年間「立ちパソコン」を続けた者からの1日の中の部分的な利用という助言【409】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

人間の体の不調の原因に「座る」ということがあるという考え方のもと、2020年頃からささやかれ始めた「立ちパソコン」を2021年にスタートしており2024年4月に辞めました。

なぜ辞めてしまったのかがこのたび非常に重要な背景となります。

当ブログ記事は最初の投稿の2021.02.25からおよそ5年後の2026.02.17にブログ記事の「手直し」の順番で、タイトルから見直し全文を綴り直しています。

2021年に開始当初投稿した時には存じ上げなかった現実的な実態を5年後に自らがアウトプットするという機会を当ブログ記事の「手直し」でいただいたと思います。

今思えばその後の責任を考えないような内容もネットには多々あり、メリット・デメリットの両方が語られた情報の方が信頼に値するものだとしっかりと判断せねばなりません。

当時は、そのままメリットを優先して「健康に良い」「座ることが良くない」という情報そのままの偏った見方で始めてしまっていたのです。

その3年後に表れたお尻周辺の「坐骨神経」と思われる不調の実体験から、自分の咀嚼と判断の大切さと本当は「立ちパソコン」とはどういった影響があるのかをお伝えします。

「立ちパソコン」は1日数時間程度にとどめたい、立つ時間・座る時間・寝る時間のミックスこそが生き物らしい体勢のバランスのとり方

立ちパソコンをする時の目線の設定のし直し:すべてを底上げして目の高さに合わせて台を敷く作業を行いました。

2021年当時のままの動画では、このように目線を水平に合わせて姿勢をまっすぐに保つということをポイントにお伝えしていました。

それが、3年後の2024年になって、この行動の奥深さを感じるようになってきたのです。

開始の2021年-2023年くらいまではパソコンに向かう作業が1日の中では半分以下でした。

それが2024年くらいから「ブログの手直し」をスタートしたことによってパソコンに向かう時間のボリュームが一気に増加。

そんな中、2024年の4月くらいに長く立っていることでお尻周辺の傷みを感じるように。。おそらく「坐骨神経」ではないかと。。

「はっ」とした瞬間と共に立ち続けることのデメリットを体感として覚え、3年間の「立ちパソコン」に終止符を打ったのでした。

ここまで極端に辞めることはないのですが、パソコンの高さの固定作業は簡単ではないので、元の座るスタイルに戻すことを選択しました。

こうした実体験からお伝えできることは、ネット情報やその時の流行などを100%そのまま取り入れることはお勧めしないということです。

実体験で分かったことは次の2側面です↓。

①「立ちパソコン」は数時間程度の部分的なものなら健康の範囲内でできます。

②一方で「立ちパソコン」は、長時間は今度は傷めるデメリットもあり、長い時間立ちっ放しの日々の継続の長年の続行は良くないということ。

こうした両側面を同時に私からはお伝えしたいと思います。

あとがき

こうしてブログ記事で日々アウトプットし続けている者として、その先を見通した責任を持つ発信内容であるべきことは大切な教訓です。

良い点だけを強調して人を引き付けた内容の発信というのは、根底にあるものが「自分の利益」なのです。

自分の発信したことを信じ共感してくれた方の、その先の平和と発展を願わずして、発信者としての資格は無いと心から思ったものです。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト