「あきらめる」ことは「明らか」に物事を捉えられること、むしろその先の別の道の向こうに新しい未来が待っている【1390】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

「あきらめるって素晴らしい:石川孝一 著」を拝読。

記事を書いている時点では、半年程前に発行されたばかりの、図書館の新書検索の中で出会ったことがきっかけです。

著者様は目が不自由であられますが、多くの人に勇気を与えるようなパワーを感じました。

このたびは、一読させていただいた中で、是非私からのアウトプットでお伝えしたいメッセージを綴らせていただきたいと思います。

決して後ろ向きな言葉ではない「諦め」、むしろその先の新しい可能性ある人生の幕開けと考え前進を重視したい

とにかく、一歩踏み出す行動力が素晴らしく、スピード感あふれます。

会社経営、政治への参加などみんなが目で見て分かるような大きなことを何ら目のご不自由さが信じられない程。

全体を通して、今を懸命に過ごされている様子がうかがえました。

その時に言うべき主張はその時にという実直さに大変共感します、「タラレバ」ほど煮え切らない後味の悪いことはありませんから。。

その時々の精いっぱいが、後を振り返った時に軌跡となって道をしっかりと踏みしめてきたのだと分かります。

そこにあるものは「誠実さ」、まぎれもない自分へのものだということです。

納得いかないことは都度「主張」を堂々とされたところなどは、良い意味で日本人離れしておられます。

「あきらめる」ということを「素晴らしい」と結んであります。

ここが、著者様らしさのすべての根源だと思えます。

常に活動的で考え方は非常に前向きなのです。

随分と目に関しては、試行錯誤があり、海外へも渡航しながら1つの目標(治癒)をめざされた時期があったのです。

この「あきらめるって素晴らしい」という文言は、何も身体上の事だけを指したものでは決してなく、会社経営もされてきた社長様でありますから、人生すべてにおける事項に対しての言葉だと思うのです。

自分の「あきらめたこと」にも重ねてみると、より頷けるのではないかと思うのです。

あとがき

一人の人生は1つのみ。

長い目でみた地球の歴史を考えれば、ほんの一瞬の光の矢のような短い期間でしかないのです。

その期間に奇跡的にここに姿を現し、悩み考えることができる素晴らしさを、むしろ毎日有難く思うべきなのです。

途中の「失敗」などは、それも懸命な毎日の中でのものなら、あって当然であり自然のもの。

一瞬ごとの人とのやりとり、すべての活動や行動に対して、精いっぱいを尽くしたものであるのかが本当の意味での「評価」のようなものではないかと思います。

とくにかく自分に対しては一番に正直でいること、ひたむきに丁寧に一歩ずつを歩まれますよう(^-^)。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク

燃えるような「赤色」を自ら選択したショールは人生における強い決心の瞬間の象徴、不登校・離婚・事業継続の課題と対峙する1家族が織りなした絆【1376】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

よく新聞やネットでご紹介された本を読んでみることがあります。

豊富にご紹介されているのですが、「図書館派」は、図書館にその紹介の本が存在している場合というところに絞り、借りる本を決めております。

できるだけ多分野から、多角的に様々なことを考えるために、事業のファッション関係に絞り過ぎず、関係のない分野の本も見つけることも。。

このたびは小説です。

きっかけは、「ホームスパン」というキーワード、繊維分野の事業が背景ということで手にすることにした本ですので、あながち関連付かないわけでもありません。

「雲を紡ぐ:伊吹有喜 著」を拝読。

主人公の祖父が営む、羊(ひつじ)の毛を有難くいただいて、ウールのショールに織りなす製造の「小規模事業」が背景です。

主人公から見た目線・両親一人一人から見た目線・祖父から見た目線など、小説の語り手が時々変わるところも本の構造としてはユニークでした。

現代社会が抱える問題「不登校」「離婚」「事業継続」が、まるで紡がれた糸からなる羊毛製品のように織り重なった姿で、その一家独自のショールに完成された

「親の跡を継ぐ」ということが昔ながらにして自営業では必ず直面すること。

ミュージシャン様の子供が、反発して長い間音楽には手を付けなかったのに、最終的には親と同じ音楽の道を行くことにした例。

お寺さんが跡を継ぐことに反発して若い頃家出をし、長いこと経った後帰ってきて、新しいお寺さんの形を作り継承していった例。

そういったことを後から振り返ると不思議であり、何か別の力が働いていたかのようです。

「輪廻:りんね」という仏教用語があると思うのですが、なぜかこの言葉が浮かびました。

この小説の中では跡を継がなかった主人公の父と反対に、主人公は自ら惹かれるように東京から東北まで出ていったのです。

出ていった娘を心配し、父や母も後を追います。

そうして、離れ離れの一族が集まる機会が出来ました。

その惹かれた何か見えないパワーのようなことがきっかけでこのストーリーが展開。

母がミシンを使い洋服を作っていた、刺繍の機械でワンポイント刺繍のロット生産の受注をしていたファッションに関わる分野の仕事をしているのを見ていました。

また、小学生の頃に自宅に鉄の足踏みミシン(「Singer」製の鉄素材)があり、学校のぞうきんを縫う機会、運動会のハチマキを作る機会、家庭科の作業などをきっかけに縫製に触れる瞬間がありました。

それ以外でもふと思い立って勝手にロックミシンを触ったり、変な使い方でしたが、ロックの縫いの固定でそれとなく生地をつなげてポーチを作ったりなどしました。

特に、引き継ぐようにとかそんなことは全く無かったのですが、振り返ってみれば同じ業種で仕事をする今があることも事実。

10代というのは、すごく影響を受けやすい年齢。

まだ何も方向性が決まらずとも、1つの事に対する印象や感動が思いの他根強いもの。

大きくなってからもそのきっかけを覚えているくらいの衝撃的な場面であることも多いと思うのです。

自宅にあった足踏みの鉄のミシンは、リズムに乗らなければ糸が切れてしまう感覚的な難しさがありました。

現在のコンピューターミシンとは違うのです。

そのコツを何となく、ぞうきんを作る中で得ていったという記憶です。

その時、横には祖母がいました。

あとがき

バラバラだった家族が、自然に引き寄せられるように集まって、そして新しい形の再出発をしていく姿。

複数の糸が織りなされて1つのストールが出来上がっていく動きと1家族を含む人間の集結が重なります(^-^)。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク

「生きがい」、この物資に恵まれた時代だからこそ持っていたい宝、著者様はこの本に対する情熱と執念をもってそれを示したと思う【1306】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

「生きがいについて:神谷美恵子 著」を読ませていただきました。

かつてこの本が初版された頃(1966年)の1960年代では、まだまだ「ハンセン病」という感染系の病気が不治の病として存在していました。

伝染効果は少ないものの、各地の片隅の施設に療養するために強制的に実家を離れるということがあり、当時の正確な情報の少なさ・固定観念・横一列に並ぶ同じ考え方などが差別を生んでしまったと思います。

現在は療養施設に行くことなどの必要はなく、治る病として病院の治療で回復するようです。

それでも、当時からの継続で高齢者となりそのまま現在も療養施設で暮らされている方がいらっしゃるのです。

それほど根深い簡単には変えられない事態を作ってしまった苦い歴史です。

ある1つの療養施設の当時の1950-1960年代にかけてのルポタージュの記録部分が多く、「精神科医」であった著者様がその訪問を通し、「生きがい」をたくさんの切り口から掘り下げた1冊の本になっているのです。

当初かなりのボリュームであった内容を削り読みやすくコンパクトにしたとのこと、それでも実際の完成は結構な分厚さでした。

たくさんの思いを、7年程の長期スパンに渡り詰め込まれたこの本は、命がけで綴られたものだと思います。

一人一人が自分の「生きがい」を問うことをお勧めしたい、この先の困難を乗り越えていくにあたっては最後まで残るものだからだ

なかなか生きがいを語ることは恐れ多いものですが、ピクチャレスクの場合は「仕事」だと思っています。

若い頃の10-20代は、常にモヤモヤした煮え切らない感がずっと心にありました。

何か思い切って全力でやり切ったことがあったであろうかと振り返ると、何もかもがあれよあれとという間に自分とは違う別のペースに後からついていくのがやっと。

何も自分のスタイルですべてのことを成し遂げていったという実感が無かったことへのもどかしさが思い出されます。

その転機は20代前半に訪れまして「就職」だったと思います。

初めての勤務日(正確には入社式を含む研修期間の数日が最初)が近づくにつれ、なぜかすごくやる気が溢れ出していたことを思い出します。

それからというもの、長い仕事期間の道を歩み始めて、今現在までこの「仕事」こそが「生きがい」になっていることに気付いています。

10代の頃のあのモヤモヤ感や煮え切らない気持ちは、仕事の楽しさを味わい、真剣に取り組むことに替えられていきました。

そうして、いつからか、「一生仕事をし続けたい」ということを自然に思うようになりました。

「死ぬ」ということをわずかながらも意識することこそ「生きがい」につながります。

「生きる」を意識するには「死ぬ」も関わっているということです。

本の中のハンセン病の患者様達は一度は「自殺」を考えた方も多いようです。

それほどに、死ぬことと生きることの紙一重の状況にあった際どい経験された方達なのです。

その貴重な記録を、長い年月をかけながら綴り上げた著者様のこの軌跡まるごと、「生きがい」を身を持って読者に伝えたお姿なのではないかと考えます。

あとがき

現在、自殺者の増加や希望を失い気持ちが沈む大変な状況の人が多く、現代の物があふれた時代の「虚無感」が影響することがあると思うのです。

お金をたくさん得ることを目標にしたり、ブランド物を手にすることを目標にしてしまうことは大きな誤解。

物もツールであり、お金もツールに過ぎないのが本当の所ではないでしょうか。

「物」「お金」などの物質を拠り所としてしまうことは、どれだけ集めても満たされない何かを最終的には感じてしまう。

「生きがい」こそが本来依存してよい、依存すべき場所なのではないかと思うのです。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク