全くの別キャラに成り切るコスプレや体に証を刻印するタトゥー、人はどこかでアイデンティティを探し求める旅をしている【1473】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

「コスプレする社会:成実弘至 著」を拝読。

この本は2009年リリース、その15年先の現在では「コスプレ」は日本生まれの文化として世界中で有名になっています。

実は、「衣装・オーダーメイド・手作り」などで検索しながら古着を見つけることがあります。

オーダーメイド古着や衣装古着というのは、着続けられていないので状態が良い古着なのです。

古着ライフと言いながらも、実は未使用品に近いような状態の良さを重視している集め方。

こんな古着ライフスタイルに、少しだけ接触する点もあったことから手に取った本なのでした。

タイトルに使われる「コスプレ」は所謂「サブカルチャー」と呼ばれる分野のもの。

かつては、「メインカルチャー」である伝統的な芸術や映画や音楽との区別のような分かれ方でこの呼び名「サブカル」が生まれています。

どちらかと言うと、高尚な芸術分野とは区別されたな立ち位置的ニュアンスを感じる分け方です。

その他、アニメ・タトゥーも「サブカルチャー」の代表的な例、同じ音楽でも「レーベル」と「インディーズ」とでメイン文化とサブカルに分かれる点がこれまでの巷の判断でした。

ところが、アニメもコスプレもここまで世界的な広がりを見せつつある変化は、もはや立派な「文化」になってきているのでは。

「インディーズ」とはいえ、動画になっていれば名が知れる確率は高まることから、「レーベル」と同等に感じます。

そう見れば、メインカルチャーとサブカルチャーの境界線など頼りないものなのです。

このたびは、表面的には派手でその一時のお祭り騒ぎの時だけの価値と思われがちな「コスプレ」に対して、根底にあるものを探る回です。

なぜ面倒なお着替えを伴ってまでもコスプレにいそしむのか、なぜ傷みを伴ってまでタトゥーを刻印したいのか。。そんな理由の部分に迫りたいと思います。

別物に成り切るコスプレの本当のコンセプトは自分探し、ぱっと見の強烈さが大きいほど自己認識への強い渇望が隠れる

かつてのイギリス生まれの「パンク」という音楽は、秩序ある社会を作るための「統制」や「従属」のストレスのような気持ちに対する反発から生まれ、「カウンターカルチャー」と呼ばれてきました。

ファッションブランドに関連付いた「ヴィヴィアンウエストウッド」様などは、そのデザインに「社会に対する挑発」を感じるもの、それがかっこよさであり流行であった時代がありました。

日本では、制服のアレンジとして「短ラン」や「ボンタン」をあえて売り出すアパレル店が存在していたのも、アニメのキャラクターと紐付く盛り上がりの最中(さなか)のことです。

その気持ちの根底にあるものは、「自分の証明」、「コスプレ」や「タトゥー」も共通に自分のアイデンティティを探究する望みがあるのです。

何を支えに生きていくのか。。路頭に迷い分からなくなってしまった絶望の中の1筋の光であるとも言えると思います。

もう一人の自分に成り替わることで探しているのは、本当の自分らしさ。。特に若い世代で行われる「コスプレ」の活動は、懸命に自分を探すための能動的かつ積極的な努力の1つなのかもしれません。

あとがき

「コスプレ」などのド派手と呼ばれる装いが極まれば極まるほど、その対極にある自由への渇望や自分を知りたいという切望があるという見方ができるかもしれないのです。

前ボタンがずらりと並ぶベストを「素敵だ」と思った私。。コスプレをするまでには至らずとも、なぜそのずらりと一連に並んだ「軍服」を彷彿とさせるデザインが気に入ったのか。

もしかして、日々の戦闘態勢のような事業活動の競争に対する強い気持ちの表れなのかもしれません。

身に纏うお洋服・衣装・コスチュームすべては、意思表示のような意味合いを持つものなのだと解釈できるでしょう(^-^)。

ピクチャレスク-山田絵美-ブログラスト
書き手:ピクチャレスク

ユニフォーム素材の古着Tシャツで起こった惨事、大きなロゴプリントの化学材料の洗濯後の剥がれは永久とは何かを示した出来事【406】

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

当ブログ記事は、最初の投稿の2019.07.25からおよそ6年半後の2021.02.14にブログ記事の「手直し」の順番で、タイトルから見直し全文を綴り直しています。

このたびのエピソードは2019年の実体験直後に初期投稿したもの、2026年ではこのエピソードの捉え方が当時とは変わっている点がこの「手直し」では重要になります。

2019年当時はお仕事着としてロングTシャツにレギンスを合わせるスタイルをいくつか組んで日々着用していました。

その方針を決めた時に購入したブランドロゴが象徴的なユニフォーム素材のTシャツは着丈70cm以上でレギンススタイルにバランスが良いと購入したものでした。

古着到着後始めにすることはお洗濯、いつもの古着入手と変わらずその日も早速お洗濯。。この時に事件は起こりました。

ブランドロゴに取りつかれたお洋服との向き合い方への問いかけとも思える出来事、大きなロゴプリントの古着Tシャツが洗濯後消滅

胸と背中のビッグロゴの剥がれ:お洗濯後にほぼ消滅。およそ製造から30年を超えたような経年と予想。

古着好きとしては、ある程度こうしたモデルが流通していた年代を範囲を括りながら予想できました。

1980年代-1990年代初頭と予想し、製造からは実に30年を超えた状態だったのではないかと。

プリント部分のロゴがもしなければ選ばなかったのか。。ということに対してはその通りです。

しかし、この活動的なマルチカラーも情熱的で素敵だと注目していたことも部分的には半分くらい、50%の価値はブランドロゴ・残り50%の価値はおしゃれ度と質の良さです。

お洗濯後にロゴが消えた途端このTシャツの価値が薄れ、着用機会を失ったということが全ての結果です。

当時、購入先の古着業者様にもこのことをお伝えし、こうした将来を見越した商品の扱い(仕入や販売への責任)を問いました。

2019年当時は、こうした商品を仕入れる業者様の責任やただの横流しであってはならないというような内容でまとめていた当ブログ記事。

しかし、2026年の見方は随分変わりました。

ロゴすべてに傾倒していたわけではないにしろ、そもそもブランドロゴに価値を置いた選び方をする購入者の在り方(自分の事)にも問題があったということです。

こうしてすっかりブランドの象徴であるロゴが消えてしまった出来事の意味するところは、かなり重要なことではないかと。

「ロゴがなかったらあなたはこのお洋服を着続けられますか、本当にすべてを気に入って手にしたものですか。」と問われているような気がしたのでした。

あとがき

僅かに残っているプリントの塗装も、おそらくもう一度洗濯機に回せば、まっさらに消えてしまっていたことでしょう。

苦肉の策として思い浮かぶのは、「該当ブランドのロゴワッペンを付ける」などが浮かびましてリメイクをするというアイデアです。

ただ、この2019年の時の心理は、ロゴが消えて価値がゼロになったという1択に考え方が支配されていました。えてしまい、着る気持ちにさえならなかったという感情でした。

このことは、「ブランドロゴが付いていることこそブランドの証である」というような表面的で貧しい考え方だった当時を表しています。

結局は、ユーザーがブランディングに対して冷静でなければ、お洋服が長く着られることすらないということ。

目に映る一瞬の表面的なことではなく、良き作りやおしゃれ度は手に取って感じるもの。

ロゴなどに惑わされるだけの選び方は望ましくないということを、この出来事が伝えてきたと受け止めています。

ブランドロゴ消滅と共に価値が無くなる商品ではいけない・ブランドロゴに翻弄される選び方をするべきではない。。製造者・購入者両方に対するメッセージ。

この「購入者」には途中の古着業者様も入ることになります。

当時お電話の会話の中で話し合いをした、「右から左への横流しだけでは信用を失う」といったことも関わるのです。

山田絵美
書き手:ピクチャレスク