本人が立ち止まって今の状態を冷静に見直す余裕は必要である、天才と崇めるならば周りの商業者達も我欲を控え思いやる心を持つべき【1408】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

「ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー」を観賞。

多くのファッション関係に携わる方々やお洋服が好きな方は足を運ばれたかもしれません。

これまで、複数のハイブランド様の「ディレクター」を受け持たれた経歴をお持ちの「天才デザイナー」の一人です。

現在もお元気で「メゾン マルジェラ」様の専属デザイナーを務められていることが奇跡的なほどの大変なこれまでの険し過ぎる道のりの背景などを綴りたいと思います。

華やかなファッション界の独特な「しきたり」なるものに疑問がある自らの考え方も織り交ぜ、互いにどう仕事に関わるべきなのかというところに行き着きたいと思います。

ブラック企業さながらの過酷な重圧、一人がここまで背負う限界の爆発が2011年の問題発言につながったのは互いの思いやりの欠如ではなかったか

年に30回越えのショーをこなさねばならないスケジュールは、タイトな期間の中で準備をするファッション界では当たり前のように今でも変わらぬスタンスで催されます。

特にその一端にはおりませんので外部からの眺めに過ぎませんが、あの度を越したような緊張感に関しましては、そうまでして必要なのかということを思いながら見ていてハラハラしてしまうものです。

「天才」と崇めながらも、本来芸術的な方向にベクトルが向くデザイナー様という仕事が、商業的な絡みによって縛られ窮屈になっていやしないかと。

お酒を浴びるように飲む夜の時間帯に事件は起きました。。

はっきりと動画にまで残るほどの「差別的発言」をしてしまったご本人なのでした。

限界直前にもかかわらずその流れを冷静に今一度見直すような、そのループから外れるような行動ができなかったご本人。

貴重な「天才」の心の内さえ見ることをせずに我欲に突っ走る周りの商業者様達。

その後は、年月を経て「謝罪」によって「許す」という心が芽生えた一部の周りの方々。

年月3年を経て、その後は「メゾン マルジェラ」の専属デザイナー様を務められていきます。

しかし、その中でもいまだに許すことができない方もゼロではないことも事実でのようでした。

トラウマになってしまい、精神的苦痛がいまだに治っていないというのです。

タイトルの「愚かな」は非常に複雑な気持ちが込められていると見ています。

素晴らしいデザイナーであるという太鼓判とその対極にある過去の「言霊:ことだま」に対する残念過ぎる気持ち「嘆き」のようなものが感じられました。

シンプルに、一緒に仕事する者同士が互いの心の内までも気遣いながら行動していくことの欠如であったと思うのです。

幼少の頃のトラウマも持っている本人であると分かっているのであれば、そういったことの背景にある「天才」なのだという見方をせねばならないのではないかと。

「天才」とはいえ、「○○な」が抜けていたのでは。。

人は完璧ではないから、何かずっと心の内に秘めた思いも背負っての今があることをもっと理解しなければと。

「天才」もおごり高ぶることなく、そのような自分を支えてくれた回りに感謝する気持ちを常に持っていなければいけないはずです。

人間関係の中で大切な事2つ、「感謝」「謝罪」をどんな状況でも忘れないことでやり直しや反省が可能になる

「差別的発言」は最も人間が憎むべき1つの暴言ではないだろうかと思います。

発した者は、必ず一人一人に丁寧に時間をかけてでも謝る必要があると思います。

その結果として、許した人といまだに許すことが出来なかった人にも分かれていきました。

結果としては許してもらえないことは仕方がない、いかにその罪が重かったのかと身に染みて感じるしかないのです。

だからこそ、「発する言葉」には気を付けねばならない、永久を招く事態にもなるからです。

とは言え、気を付けるも何もまるで自分ではないかのように勝手に言葉があふれ出していたというケースだったのかもしれません。

その時だけの注意のみでは何とも制御すらできなかった「爆発」はそれまでの長い年月の中で膨らんでいったものだったのかもしれないです。

そうならないためには。。ということを考えますと、互いにビジネスパートナーの生い立ちや背景までも気遣うような接し方を常にするべきであったのかとかなり以前まで遡ったところに問題があったと思えます。

コミュニケーションの真の大切さとでも言えるものだと思います。

あとがき

このたびのケースは世界規模の皆が知る事件であり、有名天才デザイナー様のケースだったので大きく取り上げられたことでした。

しかし大小関わらず、日常のビジネスの中ではこういったことが起こっているのではないでしょうか。

非常に頑固な面を持つ私の場合、一度「大きな裏切り」があるとなかなか許すということができないのです。

ましてや「謝罪無し」などはその点を非常に根に持ってしまいます。

ただ「謝罪」がきちんとあった場合はどうだろうかと考えたのです。

その謝罪が「心からのものである」と感じたなら許すべきではないだろうかと。

人間という心ある生き物は実は、心の奥の「まこと」の部分に大きく反応するのではないかと思うのです。

書き手:picturesque(ピクチャレスク)

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まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

「マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説」を映画館にて観賞。

ファッション系の事業のほんの片隅に携わる者として、ファッション映画を時々観賞し、思うところをブログ記事にまとめています。

有名デザイナー様が次々に映画化、この方も世界中で有名になった貢献者。

このたびは、事業の実りと人の一生を絡めた見方で、思うところを綴りたいと思います。

1つのブランドの永続がいかに難しいかということ、実るまでも1世代のみではなかったことも衰退もある中で「継承」の大切さもある

「マリー・クワント」様の旦那様の支えが大きかったと伝えられていました。

明るくマーケティング上手な周りの支えの1つ、成功の影には自分以外の大切な協力があるのです。

旦那様が50歳代で1990年に亡くなります。

特に日本が大部分の市場であったことからだと思うのですが、最終的には事業を日本企業に売却済の現在とのこと。

ブランド存続の危機の究極な場面で、魂の領域にまでに考えた「せめてこれだけは。。」というたった1つのことは何だったのか。。考えに考え抜かれたことだと思います。

これまで長きにわたって思い続けた「精神」を他企業様によるブランド継続に託したというような形に見えました。

今までの苦労や込めてきた思いをすべてその「精神」に詰め込んだと言えます。

とても切ないですが、ブランドの存続だけを一番に選択した判断。

自分が考えてきたデザインや製作は自分で見届け管理したいと思うものですが。。

しかし、現実としてそれが受け入れられなくなった時に、終了してしまわずに、それでも続けていける方法があるのか。。

これを考えると、一見矛盾しているようですが、「手放す」ということも実は「存続」につながることがあるのです。

そんな究極な姿なのではないかと思います。

一人の人間の一生の中で物事が華やかに達成されることは本当に恵まれています。

某有名ブランド様は「前世」が靴屋。

その時代は日の目を見ることが無かった地道な靴屋としての活動で一生を終えた人物がいたということ。

そして、同じ魂が次の世代で世界的有名ブランドとなったというのも、いかに人間の一生などはかないものなのか。。ということになります。

「継承」こそが大切、その良きバトンタッチのようなものがあってこそ、長く創業当時の「精神」が続いていくのではないかと思いました。

そういった意味でも、「マリー」様の最後の選択は良い選択なのではないでしょうか。

この映画公開のおよそ半年後、ご本人がお亡くなりになっています。

あとがき

「今後こんな優れたデザイナーは生まれないであろう」などと言われ、そのロゴやブランド名のみが継承されていくことがあります。

ご本人のデザイナー様がお亡くなりになってもその後ブランド名が存続するのは、継承の1つの姿。

それは元をたどれば最初の創業デザイナー様の「魂」がいまだに生きているということなのだと思います。

継承もただの商業目的では決してこうまで続いていないはず、いつまでたっても創業デザイナー様へのリスペクトありきであるべきで、実際にそのような気持ちで継承されてほしいと思います(^-^)。