「銀河鉄道の夜」の感想レビュー的なもの【365】

まえがき

こんにちは。picturesque(ピクチャレスク)です。

たまたまネットでオンライン購読が可能であった「宮沢賢治作」の「銀河鉄道の夜」。

ひょんなことから冒頭部分を読み始めて、そこから一気に最後まで。。

銀河鉄道の夜に関しては、多くの人が読書感想を書かれている作品だと思います。

セミロングな長さでありますこの作品、未完の作品だったとか。

作品を通して作者が言わんとすることのヒントが隠されているような場面

学校の授業の場面。

先生の質問に上手く答えられないジョバンニ。

そして、その答えは分かっているのに分からないふりをして答えなかったカムパネルラ。

カムパネラが明らかに知っていることを自分のために答えなかったあの場面の時に、ジョバンニは、自分も、カムパネラも悲しいと思ったということが書かれています。

このことは、少し状況の違う別の人間が互いに同じシーンで、悲しい気持ちを共有した瞬間だと思いました。

カムパネルラという少年の、自分を犠牲にしてでも人を助けるという性格。ここに親譲りの「育ち」のようなものを見ます。

このことは、ザネリが川でおぼれかけたのをカムパネルラが助け、結果自分は帰らぬ人となった場面とリンクします。

そして、そこへカムパネルラの父親がおとずれ、落ち着いた様子で、もうカムパネルラの生存が難しいだろうと語ります。

それどころか、ジョバンニに、お父さんが近く帰ってくるだろう吉報を伝えます。

自分の息子が亡くなったそのような時にさえ、他人の吉報を伝えるという気遣い。

このことは、カムパネルラの性格が親譲りで、父親から受け継がれたものであることを証明しているかのような場面です。

人のために自分を犠牲にすることの究極な形の例のようなカムパネルラの死でした。

そして、川で人だかりができた中で、カムパネルラのお父さんが持つ、自分の悲しみと同時に他人の喜びをを忘れない2つの心の共存みたいものの姿を分かりやすく読者の目前に映し出します。

最愛の息子が帰らぬ人となった時に取り乱して自分の感情をただただ放出するのではない、他人のことを気遣う気持ちも忘れてはいない。。

この自己犠牲は、エゴでいっぱいいっぱいの人間には是非とも知ってほしい姿だというようなことなのかもしれません。

まずは、自分の前に人の幸せを考えてあげるようなことです。

ところで、この物語を1つだけある絵で表すとしたら、というような場面、銀河鉄道の旅の途中の場面が印象的です。

善い行いをしていたカムパネルラの生き方そのものが評価されたような形の降車駅。

いろいろな人が列車に搭乗しては途中で降りていくのですが、カムパネルラは最後の方の駅(上の方)で降りる人という設定が、「徳:とく」の高さを評価されたようなことを感じました。

これは、他人のために自分を犠牲にすることのできる人間への高い評価を表しているともとれます。

しかし、カムパネルラは死者となった身です。

やはり上の方の駅ではあっても、最終的には、他の人と同じように列車を降りて銀河の闇に消えてしまいました。

ジョバンニは、この旅で一瞬だけではありましたが、何らかの霊感みたいなもののせいで死んだ後の体験を味わうことができたのです。

とても貴重な体験。死んだ人しか知ることがない宇宙の列車の旅に参加する体験をほんのわずか味わったということです。

「ずっとこれからも旅していこうよ」と列車内で誓い合いたかったジョバンニでしたが、大きく二人が違っている点は、カムパネルラは、もう生きてはいない人間であるということ。

ジョバンニにはある「生命」というものをカムパネルラはもう失ってしまった状態にあるのです。

どれだけ格の高い停車場で降車できたとて、カムパネルラが最終的にたどり着く場所というのは、生存というものとはかけ離れた別世界なのであることです。

裕福ではなく、母が病気で、牛乳こそが大切な母の毎日の栄養源。そしてそれを買うお金を作るため、小さい子供なのに大人に混じって毎日学校後に労働をするジョバンニ。

ぎりぎりの、際どい暮らし。けれども、毎日地をしっかり踏みしめて1日1日貴重に生きていることがとても力強いと感じます。

カムパネルラの父親が教えてくれた、父がじき帰ってくるという吉報、苦しい毎日の中に舞い込んできた幸せと喜び。

ジョバンニにとっては最高の幸せです。

明日への希望、今ある命の尊さこそが最高の幸せであるということを最後の場面で感じます。

命の尊さ、生きているということの次元を分かりやすく、死の次元を見せることで作者はそれを示したのかもしれないと考えます。。

生きている人は、今自分がいる次元というものが当たり前すぎて、見失っているもの。

死後の世界を旅する経験をしたジョバンニを、「メッセンジャー」としたのではなかろうか。

作者自身の死後もそれを永遠に伝えていくには。。物語の主人公というのは、その物語が読まれる以上、永久のもの。断然作者自身よりも永久に生き続けるもの。

それを考えた末、作者宮沢賢治は、今身近にある命や幸せの有難みや素晴らしさを伝え続ける永久的な発信者の役割をジョバンニに託したのでは。。と私は思うのです。

感想まとめ

作者は、この物語をこれからも読んでいく多くのジョバンニと同じ今を生きる人に向けて、いずれは限りある命である作者自身にも不可能な大仕事をジョバンニに託したように思えます。

そのメッセンジャーとして大仕事の内容とは。。

1)死者となり宇宙の銀河へ旅立って行ったカムパネルラのような、人のために自分を犠牲にできる徳の高さ

2)貧しくて際どい毎日を、力強く踏みしめて1日1日生きていく主人公ジョバンニ自身の、幸せを心から素直に喜べる姿

3)互いに幾度か同じ気持ちを共有したジョバンニとカムパネルラ(父親も含む)のような、人の気持ちを思いやり、喜び、悲しみを分かち合う姿

あとがき

何か後々心にずっしりと重みを残したこのお話。

とても素晴らしい物語でした。YOUTUBE動画も後にお作りしました。

是非ご視聴どうぞ(^-^)。

時々、こんな風にブログで読んだ本の感想を書きます。

今回、小説が題材なのは珍しいです。普段は、アパレル関係の本やファッション系の本をよく読んでいますので、今回はレアでした。

また、本の感想は、今後も書いていきますので、是非一読くださいませ(^-^)。

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